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定冠詞の有無と中東の歴史 [文法・語法]

前回書いた、原爆投下が「黙殺」発言によってもたらされたという通説は、この言葉が持つあいまいさが元に生まれたともいえるだろう。英語は日本語に比べて論理的だという人がいるが(こういう時の「論理」自体、あくまで西洋的な視点に立ったものだと思う)、結局は生身の人間が使うものであり、場合によっては意図的にあいまいにすることもあるはずだ。今も出口が見えない中東情勢をめぐって、そんな実例がある。

1967年に第3次中東戦争が起き、イスラエルが勝利した(ちなみにこの戦争は英語ではこういう言い方はせず、ふつう the Six-Day War と呼ぶ)。戦争のあと国連安全保障理事会が採択した決議242号は、イスラエルに占領地からの撤退を求めている。一部を引用する。

The Security Council (中略) affirms that the fulfillment of Charter (=国連憲章) principles requires the establishment of a just and lasting peace in the Middle East which should include the application of both the following principles:
Withdrawal of Israeli armed forces from territories occupied in the recent conflict; (後略)

混乱の収拾をめざしたはずの決議だったが、のちに territories がいったい何を指すかにからんで問題が浮上した。

イスラエルは、戦争で占領した地域の一部からは撤退したものの、イスラエルにとって重要な「ヨルダン川西岸」と「ガザ」は手放そうとしなかった。territories には定冠詞 the がないので、占領した地域全域を指すものではない(つまり一部撤退でもかまわない)という主張だった。

一方、アラブ諸国は、決議はあくまで占領地全域からのイスラエルの撤退を求めたものだと主張し、解釈は異なったままだ。

なぜこのような文面になったかというと、決議内容やイスラエルに何を求めるかをめぐって、イスラエルの側につくアメリカ、アラブ諸国の側につくソ連(当時)が対立し、妥協の産物として明言を避けた形で決議がまとめられたからだいうことだ。

ヨルダン川西岸とガザは、独立国家樹立をめざすパレスチナ人が住む地域で、今に至るまで紛争が続いているが、戦争直後にイスラエルの撤退について具体的に詰められなかったことが、その後の和平の動きに影響を与えたといえるかもしれない。

この決議242号の全文は、例えば次の国連のサイトにある。
http://www.un.org/documents/sc/res/1967/scres67.htm

ゆっくり読んでみると、上記の定冠詞 the の問題以外にも、"expressing its continuing concern with the grave situation in the Middle East" といった、いかにも妥協の産物と思わされる「ぬるい」表現があるのに気がつく。

これを、例えば湾岸戦争で、イラクに対する事実上の最後通告になった安保理決議678号
http://www.un.org/Docs/scres/1990/scres90.htm

や、911テロ事件の直後に出された、テロを非難する決議1368号
http://www.un.org/Docs/scres/2001/sc2001.htm

にみられる、当事国や関係国に何を求めるかを表す単語の選択などと比べてみると、その差を感じ取ることができると思う。

この決議242号の定冠詞をめぐるエピソードはかなり知られたものらしく、ネットでもいろいろな解説を読むことができる。短くまとまっていて、サイトとしても興味深いものとして、次のものをあげておこう。
http://www.diplomacy.edu/Language/Ambiguity/briefcase.asp?position=3&items=5&FilterTopic=/32634

脱線だが、the Middle East peace process という表現は、日本語で「中東和平」となるせいか、イラクやアフガニスタン問題をも指すと思っている人もいるようだが、ほとんどの場合、「イスラエルと、パレスチナおよび近隣アラブ諸国との間の和平問題」を指すと思って間違いはない。

ちなみに「ユダヤ人とパレスチナ人は聖書の時代から宿敵同士」といった記述を時に見かけるが、歴史的に正しいとはいえないので注意が必要だ。

参考記事:
・「黙殺」の英訳と日本の運命
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2006-08-14

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