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TIME誌「今年の人」の思い出 [ニュースと英語]

自宅と親の家に、古いTIME誌が何冊か残っている。学生時代に読み始めて以来、特に大きな出来事や特集のあった号を保存している。 年末恒例の"Man of the Year"、いまの "Person of the Year" もいくつか取ってある。

manoftheyear1979.jpg思い起こせば、記憶にある最初の「今年の人」はイランのホメイニ師であるが、これは読んだのではなく(当時の英語力では無理だった)、店頭でみた表紙が印象に残り、これで「タイム」にはこうした特集があることを知った。

個人的に印象深かったのは、ラビン首相とアラファト議長、デクラーク大統領とマンデラ議長の4人が "The Peacemakers" として表紙に並んだ、1993年の"Men of the Year" である。パレスチナ問題とアパルトヘイトといえば、子どもの頃から学校の授業やニュースで接してきた対立で、それが相次いで歴史的和解に達したからだ。
manoftheyear1993.jpg
この号、探してみたら自宅にあった。"To Conquer The Past" と題された特集の最初の記事は、

Low in the central brain lies the limbic system (hypothalamus, hippocampus, amygdala), where the aggression seems to start.

と始まっている。凝った単語や言い回しを使う文章は、当時は「さすがタイムだ」と感心していたのだろうが、社会人になってからは、簡潔で要を得たスタイルの英文に主に触れてきたせいか、今だと「ちょっとうざったい」と思ったりもする。まあ「タイム」自体、以前に比べると、全般的に凝った表現や文章は減っているように思う。

それはともかく、特集ではこの記事に続いて、当事者が対立に終止符を打つまでの過程が描かれていくが、ラビンとアラファト、そしてデクラークとマンデラの、握り合った手の部分をアップにした写真が印象的だ。前者の握手は、残念な意味で過去の歴史となってしまった。

ついでに、その他の注目人物としてこの号が取り上げた中に、エリツィン大統領、フジモリ大統領、それに細川護煕首相がいて、これまた歴史を感じさせる。

planetoftheyear1988.jpgさて、「タイム」のこの年末特集、ここ10年くらいは、それ以前との傾向の違いがはっきりしてきているように思う。かつては政治指導者が主で、例外的な変り種として、「コンピューター」(その年のタイトルは "Machine of the Year")、環境問題に警鐘を鳴らした「地球」 ("Planet of the Year") というものもあったが。

しかし近年は、何らかの形で経済活動に関係する人物に焦点を当てているように感じる。冷戦が終わってイデオロギーの対立がなくなり、共産主義国家が姿を消してきていること、またうがった見方だが、「タイム」を含めたメディアも、企業グループの合従連衡劇の波にのまれていることが影響しているのだろうか。

また以前は、アメリカ以外の国、時には対立関係にある国の人物も取り上げていたが、最近は減っているという印象がある。あくまでアメリカ中心の視点で選んでいるというのは前から明らかだったが、私も「タイム」を特別視することがなくなって久しいためか、以前ほど「なんだこれは」とまじめに考えることは減った。

とはいえ、911テロがあった2001年の号のジュリアーニ市長、また去年のビル・ゲイツやボノについては、「他にもっとふさわしい人たちがいるだろうが」と思った。どの年も、その後の号で「なんでこの人を選んだ(落とした)」という「読者の声」が集められているが、そちらの方が何となく楽しくなってきた、といったら言い過ぎだろうか。

タグ:国際問題
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