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カズオ・イシグロの「日の名残り」~映画と小説 [映画・ドラマと英語]

日の名残り コレクターズ・エディション [DVD]

日の名残り コレクターズ・エディション [DVD]

  • 出版社/メーカー: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • メディア: DVD

先日ちょっと触れた Kazuo Ishiguro の "The Remains of the Day" は、彼の小説の中でも最も愛好者が多いのではないだろうか。

映画化もされていて、原作をかなり忠実に描いている。イギリス英語がふんだんに味わえるこの映画をDVDで久しぶりに鑑賞した。小説とも比べながら、感じたことを少し書いてみたい。以下、ネタばれがある。

原作は執事 Stevens のさまざまな回想を綴ったものだが、やはり映画とあってか、小説で描かれるテーマのひとつである、主人公と女中頭との間の微妙な関係(=表に出さない恋愛感情)に一番の重点を置いているように思える。

ストイックなまでに自分を抑えて雇用主に仕え、時にもの哀しく、時に滑稽な印象すら与える執事を演じた Anthony Hopkins、女中頭の Emma Thompson、いずれも見事だ。「恋愛シーンのない恋愛映画」、「大人の恋愛映画」といえようか。私もずっと若い時にこの映画を観たとしたら、これほどの印象は受けなかっただろう。

実は、最初にこの映画を観る前は、小説から受けていた執事のイメージがアンソニー・ホプキンスにうまく重ならなかった。何せホプキンスといえば、「羊たちの沈黙」 The Silence of the Lambs と続編の「ハンニバル」 Hannibal で演じた怪人レクター博士の印象が強かったからだ。しかし、この映画を見終わる頃には、ホプキンス=レクター博士、というイメージは拭い去られていた。

女中頭との関係と並んで、もうひとつ描かれるのが、第2次大戦前の情勢とからんだ雇用主との関係である。邸宅の主 Lord Darlington は、ドイツに宥和的な態度を取れば戦争を回避できると、裏舞台の「国際会議」を画策するが、結果的に裏切られる。自己を殺してまで主人に仕えるのが執事のあるべき姿と考えるスティーヴンスは、主人の考えに疑問をはさむことを自分に許そうとしない。

映像作品では、いろいろな要素を両立させようとすると、かえって全体の焦点がぼけてしまうことにもなりかねないが、この映画はうまくバランスを取って表現されているなと思った。こうした要素がないと、単に2人の男女の中途半端な恋愛を描いた映画に終わってしまうだろうし、逆にこちらを強く出すと、変に政治的な色合いを帯びてしまうかもしれない。あくまで、主人公の弱さをうまく引き立てる形で描かれていたと感じた。

ちょっと残念だったのは、小説では、休暇を取った主人公が田園地帯を車で走りながら過去を回想していく形を取っているが、映画ではイギリスの美しい風景はさほど出てこない。やはり焦点を絞るためか、走行シーンをやたらと挟むわけにはいかなかったのかもしれない。

ラストシーンは、小説と映画で異なっている。原作は、夕暮れ時の桟橋で終わる。主人公に年配の男性が語りかける "The evening's the best part of the day." という言葉が印象的だ。少し引用してみよう。

- Don't keep looking back all the time, you're bound to get depressed. And all right, you can't do your job as well as you used to. But it's the same for all of us, see? We've all got to put our feet up at some point. (中略)

You've got to enjoy yourself. The evening's the best part of the day. You've done your day's work. Now you can put your feet up and enjoy it. That's how I look at it.

スティーヴンスの人生の黄昏、さらには執事を含めイギリスの伝統というべきものの黄昏も感じさせる終末であるが、主人公は前向きな考えを持とうと決意する。

一方、映画では、主人公は休暇旅行から戻って新しいアメリカ人の主人(演じるのは「スーパーマン」に主演した今は亡きクリストファー・リーヴ Christopher Reeve)と邸宅にいる。2人が室内に迷い込んできた鳩を窓から放すと、カメラは外のエアショットに切り替わり、田園に囲まれた邸宅をズームアウトで写していく。これはこれで、小説とは違った印象的な結末だ。

それまであまり田園風景を出さなかったのは、このラストシーンのために意図したものだったのだろうか。美しい田園が取り巻く広い外の世界へ飛んでいった鳥と、邸宅の中の世界に自己を閉じ込めている主人公との対照があくまで哀しかった。

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Yumi

ここでカズオイシグロの記事を読んだ時、その数日前にユタSLC市にある古着屋の一角の本棚で「日本人名だけど聞いたことない作家だな」と思った本がたしかこの名前だったような。。。と思い出し、もう一度行って見たら、まさにこの小説でした。さっそく購入して新年に読むのを楽しみにしています。ネタばれありということでしたの見出し以降は読書後、映画鑑賞後に見させて頂きます。良書を教えて頂きましてありがとうございました。
by Yumi (2008-01-01 04:12) 

Medlearning

新年おめでとうございます。今年もこちらで勉強させていただきます。ところで、私はテレビ番組でこの映画を見ました(日本語の吹き替えか字幕だったか覚えていません)。
by Medlearning (2008-01-01 22:12) 

子守男

Yumi さん、コメントどうもありがとうございました。好みにあう作品だったらいいのですが。また感想をお聞かせください。
by 子守男 (2008-01-02 01:23) 

子守男

Medlearning さん、コメントどうもありがとうございました。少しでも参考になりましたらうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。
by 子守男 (2008-01-02 01:25) 

Yumi

「The Remains of the Day」読みました。
淡々とした流れにも関わらず、強く惹きつけられ、完全に本の世界へ没頭して一気に読んでしまいました。フォーマルで美しいイギリス英語もとてもよかったです。久しぶりに心に残るいい本にめぐり合えて本当によかったです。今度映画をみてみたいと思います。ありがとうございました。
by Yumi (2008-07-30 04:49) 

子守男

Yumiさん、コメントありがとうございました。文学作品は苦手な私も、おっしゃるように「完全に本の世界へ没頭して」しまった作品でした。いい本にめぐりあうきっかけに少しでもなれたのでしたら私もうれしいです。
by 子守男 (2008-07-31 01:15) 

こうちゃん361

イシグロさんが賞を取る前に、ふとしたことでこの映画の存在を知りDVDで観ました。とても感動して、今でも「今まで観た最高の映画」の3つには入ると思っております。

これまでは英文では推理やサスペンス中心にしか読んでこなかったので、こちらも本で読んでみようかと考えております。
by こうちゃん361 (2020-04-02 16:35) 

tempus_fugit

十年以上前の記事に目を留めていただきましてありがとうございます。内容はもちろん素晴らしいですが、とても上質な英語で書かれていると感じますので、ぜひお読みになってください。

by tempus_fugit (2020-04-03 01:37) 

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