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「ワトソン」か「ワトスン」か~「慣用表記」とはいうものの… [発音]

前回は、シャーロック・ホームズの小説「緋色の研究」の原題にある study をめぐって、慣用的な訳の「研究」と違う「習作」という解釈があることについて書いたが、「慣用」といっても、ひとつに定まっていない場合があるのでやっかいなこともある。ホームズの友人で物語の語り手の Dr. Watson の表記がいい例である。

いま手に入る「ホームズもの」の翻訳は、ほとんどすべてが「ワトスン」としているので、これが慣用だといえるかも知れない。しかし、私には「ワトソン」の方がしっくり来るし、一般にもこちらで親しまれているのではないかと個人的には思っている。

ウィンドウズについている診断ツールの日本語名は「ワトソン博士」であり、「ワトスン博士」ではない。私のノートパソコンについている日本語入力システムは、「ワトソン」は一発変換したが、使い始めの頃は「ワトスン」はダメだったと記憶している。

こうした名称は、なるべく原音に沿った表記にすればいい、という意見があるかもしれない。そうすると、この例では「ウォットスン」のようにすればいいのか。これでは、少なくとも私は読む気がしない。

ちなみに私が見た限りでは、ちくま文庫の「詳註版ホームズ全集」だけが「ワトソン」である。この全集は、他の準レギュラーも「ハドソン夫人」「グレグソン警部」と表記している。

面白いことに、同じ名前でも、指す人や物が違うと呼び方が異なる場合がある。例えばビートルズの George Harrison は、ジョージ・「ハリスン」が慣用といえるだろう。しかし、俳優の Harrison Ford は、「ハリソン」・フォードであって、「ハリスン」・フォードだと違和感がある。慣用ということではないが、動物の puma は「ピューマ」だが、スポーツ用品だと「プーマ」だ。

慣用とされていた呼称が、意図的に変えられることもある。俳優の「リーガン」 Ronald Reagan は、大統領になったとたん「レーガン」になった。同じく「リーガン」と表記される(ついでにファーストネームも似ている) Donald Regan が財務長官になったので、マスコミがより原音に近い表記にしたように記憶している。大統領が推進していた「スター・ウォーズ防衛構想」を風刺して、Ray-gun と書いたひとコマ風刺漫画をアメリカの雑誌で見たのも覚えている。

また、イスラム教の預言者の名前は、長らく「マホメット」とされてきたが、イスラム教にからんだニュースが増えてきた昨今、原音に近い「ムハンマド」が増えてきた。ついでに、日本語では「預言者」と「予言者」は意味が異なるが、英語ではどちらも prophet でいいようだ。

一方、例えば Graham という人名は普通「グラハム」と呼ばれているが、慣用とはいえあまりに原音と違いすぎて気になる。それから、「シットコム」という表記が定着しつつあるようだが、私はどうも抵抗がある(そんなことはない、という人もいるだろうが)。とはいっても「スィットコム」では、「何カッコつけてんだ」と言われかねないので難しい。誰かうまい独自の日本語を考えてはくれないものだろうか。

新しい言葉に、慣用の表記が活かされないこともある。私が子供の頃、Skylab というアメリカの宇宙ステーション計画があり、「スカイラブ」として紹介されたが、ある日本の専門家が、これを「スカイラボ」と呼んでいるのを何かで読んだ。

- lab の部分の由来である laboratory は、日本語では「ラボ」とするのが普通であること、何より「ラブ」では love に取られてしまうことが理由だったのだろう。カタカナ語の慣用を考えれば、この「スカイラボ」の方が筋が通っているな、と子供心に思ったが、定着することはなかった。

以上、ホームズ物語をきっかけに、表記の慣用について、思いつくままに少し書いてみた。何が正しいか、とか、どうあるべきだ、ということを追究したいわけではなく、まとまりのないものになってしまったが、結局は、「慣用」といっても定まったものではなく、個人の好みも絡むものであり、いつものように、言葉は生きているものだという思いを強くする。

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コメント 16

Chuck

I have just come across the following in the latest issue of The Economist:"Mr Abe's current emphasis on stamping out amakudari suggests a tin ear for the public mood. Voters are anyway underwhelmed by his penchant since taking office for pursuing pet right-wing themes—such as changing Japan's pacifist constitution and instilling more patriotic education in schools—over issues of livelihood."
by Chuck (2007-06-22 09:21) 

Chuck

"&#8212" in my previous comment should have read _ (in fact, dash). Please excuse these garbled characters. This kind of phenomenon often occurs when you copy and paste from English-language pages for some reasons I am in the dark about.
by Chuck (2007-06-22 09:56) 

Harry

You'd better write English words by Roman alphabets. There are big difference between shit-com and sit-com. カタカナでは ヒョウゲンできない。
by Harry (2007-06-22 19:26) 

子守男

Harry さん、ありがとうございました。「シット」が原語でshitではないということは、かなり知られているものと私は考えていました。
by 子守男 (2007-06-22 22:46) 

子守男

Chuck さん、記事を紹介していただきましてどうもありがとうございました。
by 子守男 (2007-06-22 22:49) 

ぐうたらぅ

私は、今は新潮文庫の引用をすることが多いのでそのときには仕方なく(?)「ワトスン」と表記していますが、ほんとうは「ワトソン」でいいと思っているので、私のブログでは表記が混在してしまっています。
「ワトスン」だろうが「ウォッスン?」だろうが決して英語の発音どおりにはならないし、そもそも字と発音の対応は決めの問題なので発音どおり書く必要もないですよね。
英語自身が発音どおり書いていない(というか字のとおりに発音していない?)という点でかなり特殊な言語なのに、そんな英語を発音に近いカタカナで書いてあげなきゃと悩む日本人って気が弱いのでしょうか?
by ぐうたらぅ (2007-06-24 21:15) 

子守男

ぐうたらぅ さん、コメントありがとうございます。
カタカナ表記は、最初に何で触れるかも大きいかもしれませんね。私は Watson は「ワトソン」でしたし、Graham は、「グレアム・グリーン」で最初に知ったのが大きいのかもしれません。
by 子守男 (2007-06-24 21:55) 

たんご屋

わたしもワトソンのほうになじみがあります(ルパンの奇岩城などでは「ウィルソン」だったでしたか)。「グラハム」ベルの助手だってワトソンということになっていますよね。
香港では Watsons Water というボトル詰めの蒸留水が売られていますが、わたしたち日本人は「ワトソン水」と呼んでいました。
by たんご屋 (2007-06-24 22:17) 

子守男

「ルパン」の短編で最初にホームズを使った時にイギリス(ドイル本人?)からクレームが来たので、原作者ルブランが、ホームズを「エルロック・ショルメス」、ワトソンを「ウィルソン」に変えたのだと記憶しています。
翻訳ではショルメスはホームズに変えるのが慣行のようですが、なぜかウィルソンはワトソンにならないようですね。いずれにせよ「ホームズもの」の原作を読んだあとにルパンでのホームズを読むと、まったく別人のように感じられるので、ルブラン先生もドイルの原作を読み込んだうえで書いたとはいえないように思います。
by 子守男 (2007-06-24 22:56) 

ぐうたらぅ

子守男さん、お返事ありがとうございます!「シットコム」は気にしなくてよいのでは?日本語では通常si音もshi音も「シ」と表記です、と言い切っちゃえば。いざとなれば「スィ」表記もできるのはむしろ柔軟だと思います。中国語で英語を表記するのは大変そうだもの。ロシア語でも「ワトソン」「いわし(鰯)」のwaはvaになってしまって、もとの語がwaなのかvaなのかわからない。外来語の表記はどの言語でも難しいと思います。
by ぐうたらぅ (2007-06-25 09:16) 

たんご屋

ルブランの名前借用の件はドイル本人が怒ったことのそうですよ。ルブラン作品でのホームズがさえないのも、英仏対抗意識があったのでしょうかね。
sitcom ねえ。カタカナでは正しい発音にならないということなら、天ぷら、煙草、バケツなどを含む、すべての外来語は原語で書かないといけなくなってしまいますが。それは日本語といえるでしょうか。
by たんご屋 (2007-06-25 12:25) 

子守男

ぐうたらぅ さん、コメントありがとうございました。
日本語ではsiもshiも「シ」になることはわかっていますし、別にsiはすべて「スィ」と表記すべき、といいたいわけでもありません。だけど、この言葉はどうも「気になる」のですね。これは理屈というより、本文に書いたように、あくまで個人の好みというしかないですね。
ちなみに私は「シチュエーション・コメディ」を使うようにしています。
by 子守男 (2007-06-25 23:11) 

子守男

たんご屋 さん、いつもありがとうございます。
ううう、どうも「シットコム」についての私の考えは評判が悪いですねぇ。shitを思わせるこの表記には個人的にはどうも抵抗感を抱いてしまう、かといって、だからこうすべきだ、という考えも持ち合わせていない、はて困った、という軽い気持ちで書いたつもりなのですが…。もっと文章修業をする必要もありそうですね。
先日たまたま話をしたネイティブが、麻生外相の名前をさんざん面白がっていたので(かなり知られているように、Asoがassholeのように聞えるというネイティブがいます)、この手のことがちょっと気になっていたこともあります。
by 子守男 (2007-06-25 23:29) 

ぐうたらぅ

子守男さんの感覚を責めているわけではないので、どうか気にしないでください。
私も「シットコム」という言葉にまだなじめませんが、その理由はshitを連想することではなくて、語感がちょっとコメディーには暗い湿った感じがするんです…。日本的に略すなら「シチュコメ」ですが、言いにくいですね。(でも、検索してみると使っている人いました。)
by ぐうたらぅ (2007-06-26 08:39) 

natto9

事後報告でスミマセン。「子守男」さんのお名前を、私のブログで(無断で)載せさせていただきました。いつも学ばせていただき、「感謝」・・・です。
by natto9 (2007-06-26 10:11) 

子守男

きのうは利用しているブログ全体がメインテナンスだったので、natto9 さんのブログにコメントいたしました。あらためてお礼申し上げます。
by 子守男 (2007-06-28 01:14) 

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