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「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった [読書と英語]


「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)

「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)

  • 作者: 多賀 敏行
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/09
  • メディア: 新書

「誤解と誤訳の近現代史」というサブタイトルが示すように、言葉にまつわる「歴史秘話」的な本である。

例えば、日本について外国人が語った「日本人は12歳」「エコノミック・アニマル」「ウサギ小屋」について、その由来を調べたところ、日本人の間で広く受け取られているのは違って、もともと否定的な意味あいはなかったのだという。

以下、ネタばれになるが、こんな具合である。

「日本人は12歳」:この「12歳」は、thirteen から始まる「ティーンエージャー」には達していない、という意味がある。マッカーサーは、「欧米の社会の発展の度合いから見ると、戦後まで封建的体制下にあった日本はまだ子供だ。だからこそ教育が可能であり、壮年期に確信犯として第2次大戦で悪事を働いたドイツとは違う」と、日本を弁護するためにこの言葉を使った。しかし文脈を離れて、「日本人の精神年齢は低い」と発言したかのように伝えられることになった。

「エコノミック・アニマル」:これを使ったパキスタンのブット首相は、「日本人は経済的に優れた才能を持っている」という意味で使った。animal は beast ではないが、この発言を聞いた日本人記者が「日本人は金に飢えた動物」と訳して打電したため、誤解が広がった。ちなみにウィンストン・チャーチルは political animal と呼ばれたが、これは悪口ではなかった。

「ウサギ小屋」:この言葉が出てくる欧州共同体の原文はフランス語だが、英語で rabbit hatches となる cage à lapins は「画一的な狭い集合住宅」ということで、ほめてはいないが、貶める意味もない。フランス人だって rabbit hatches に住んでいる。

この他、幕末にイギリスの外交官アーネスト・サトウが指摘した、日本語に定冠詞がないことが外交交渉に与える影響、山下奉文中将が「イエスかノーか」とイギリス軍に降伏を迫ったとされるエピソードの真相、解読時に誤訳された戦時中の日本の暗号電報、など、「歴史の裏話」を兼ねた興味深い話が紹介されている。

また、「国際的なルール」を指す「グローバル・スタンダード」という言葉は和製英語である、など、今の時代の言葉についてもいくつか考察している(global standard は、ネイティブも使っているという異なる意見もあるようだ)。

著者は、日本の外交官で、仕事の合間にコツコツと史実を調べた成果をまとめたものだという。「エコノミック・アニマル」は今の若い世代にどれだけピンと来るのか、タイトルに使うのは効果的だろうか、などと考えたりもするが、内容は大変面白い。ここに取り上げられた以外にも、本来とは違う意味で知られている言葉がきっとあることだろう。

ところで、「日本人は12歳」発言の項に引用されている当時の文章にもあるように、かつては「マックアーサー」という表記が使われていた。若き日の中曽根康弘氏は、「憲法改正の歌」という歌の作詞をしたが、この中には「マック憲法」という言葉も出てくる。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennpoukaiseinouta.htm
「マ元帥」の名前の表記は、いつ頃から「マッカーサー」に変わったのだろうか。ちょっと興味を持った。

誤訳と日本史、世界史については、これまでもいくつか取り上げたことがあるので、参考にしていただければ幸いである。

参考記事:
「黙殺」の英訳と日本の運命 
定冠詞の有無と中東の歴史 
「歴史をかえた誤訳」 (鳥飼 玖美子) tweenとは?

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コメント 4

natto9

これらの言葉が、よく聞かれた頃、世界のあちこちで、機会あるごとに聞いてみましたが、知っているとか、聞いたことがある・・・と答えた方はいらっしゃいませんでした。それどころか、日本のメディアから、(逆輸入して)「聞いた」という方が数人、しかも rabbit huts であったり・・・。
いろいろな国の方のお部屋を見させていただいていますが、寝室などは日本と変わらず、(時にはより狭く)・・・、日本人はこうした自虐的な表現を表に出し、自ら叱咤激励したいのでしょうか?!
by natto9 (2007-08-18 06:17) 

子守男

natto9 さん、コメントありがとうございました。
まあ、こうした言葉は日本と日本人に向けた言葉であって、広く世界に問うたものではないのでしょうね。
「自虐的」とはちょっと違うかもしれませんが、私が訪れたいくつかの国では、「我々は途上国だから」と言われたことが何回かあります。物事がうまく運ばないことの言い訳のように、胸を張ってこういわれると、ちょっと困ってしまったものでした。
by 子守男 (2007-08-19 00:20) 

通りすがり

この本が言っていることが事実かどうか、
本当に自虐に過ぎなかったのかどうかはわかりませんが。
何れにしろ、今まで言われてきたことと余りに違っていて、且つ面白い話には、私は注意するようにしています。
他にこの様な本や声はないようですし。
欧米で、日本人の地位が高くないどころか低く、存在感が薄いのは残念ですが事実だと思います。
逆に「日本人は世界で凄いんだぞ」、と思い込んで安心している傾向が強いように感じます。
by 通りすがり (2008-11-01 22:41) 

子守男

通りすがり さん、コメントありがとうございました。私もこの本で書かれていることが正しいかどうか判断はできませんが、興味深く読みました。
いずれにせよ、「真実」よりも「皆がそう思い込んでいること」の方が、ずっと影響力が大きいということがありうるのが人間社会の現実だとも思っています。
by 子守男 (2008-11-02 22:38) 

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