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翻訳者の命を奪った?「湾頭に吼えるライオン」 (at bay) [英語のトリビア]

進退窮まる」ことを表す表現をめぐっては、このところ取り上げてきた「ジレンマ」というニュアンスにこだわらなければ、at the end of one's rope, up a tree, have one's back to the wall, at bay なども過去の英語学習ファイルに書き留めてあった。このうち at bay という表現を私が知ったのは、ウソのようなあるエピソードによってだった。

明治時代、ある翻訳者が "a lion at bay" を「湾頭に吼えるライオン」と訳したところ、これは「追いつめられたライオン」という意味であり誤訳だと指摘され、悩んだ末に自ら命を絶ったという。英語の勉強を始めた頃から今に至るまで、何回か触れたことがある話である。

この翻訳者は原抱一庵といい、森田思軒に師事した文学者だが、1904年に39歳で亡くなっている。コナン・ドイルのホームズもの第1作「緋色の研究」も翻訳している。

ネットでみると、誤訳論争は確かにあったようだが、「神経質な性格から精神に異常をきたして病院で死んだ」あるいは「酒に溺れて発狂死」「酒乱となり東京巣鴨の癲狂院で死去」などの記述もある。

遺書なり複数の証言なりがあるのなら別だが、本当に誤訳が直接の原因となって自殺したのだろうか。何ぶん明治の昔であり、「どうもそうらしい」という程度の話が伝えられ、それが他に引用され、さらにそれが今に至るまで孫引きされて、ということはないのだろうか。真相をご存知の方がいらっしゃったら、教えていただければありがたい。

さて、bay は辞書で引くと、「(犬が獲物を追う時の)吠える声」、また動詞の「(犬が)吠える」 (of a dog, esp. a large one) bark or howl loudly さらに corner hunted animal: to corner or exhaust a hunted animal so that it must turn and face its hunters という意味がある。

「湾」とはずいぶん違うが、語源を見ると、実は異なる語が変化の末、同じ bay に落ち着いたらしい。「湾」はその中でも由来に異説があるようだ。「吠える」方は音を模したらしいのが面白い。

「湾」
- "inlet of the sea," 1385, from O.Fr. baie, L.L. baia (c.640), from Iberian bahia.
- Middle English baye, from Anglo-French bai, perhaps from baer to be wide open
- Origin: 1350-1400; ME baye < MF baie < ML, LL baia, perh. by back formation from L Baiae name of a spa on the Bay of Naples

「吠える声」
- "howl of a hound" (especially when hunting), c.1300, from O.Fr. bayer, from PIE base *bai- echoic of howling (cf. Gk. bauzein, L. baubari "to bark," Eng. bow-wow; cf. also bawl). Noun meaning "cornering of a hunted animal" is also 14c. At bay (1649) is from special sense of "chorus raised by hounds in conflict with quarry."
- 13th century. Via Old French (a)baier< assumed Vulgar Latin abbaiare; an imitation of the sound

原抱一庵も、at bay の意味がわからないまま、迷った末にこの2つの意味をくっつけて考え出した「迷訳」だったのだろうか。

stand at bay は「追い詰められている」、turn at bay は「追い詰められて歯向かう」、keep [hold] someone (something) at bay とすると「~を寄せつけない」という意味になる。

実際にこういった慣用表現がどう成立したかは別にして、吠えられると「追いつめられて窮地に陥り」、相手に吠え立てることで「近寄らせない」、とイメージすれば覚えやすいかもしれない。

もうひとつ、私の学習ファイルには、"A stag at bay is a dangerous foe." 「窮鼠猫を噛む」とメモしてあったが、今回あらためて Google で検索してみたら、ヒットはわずか30件、そのほとんどが日本語のサイトだった。検索方法が間違っていたなら別だが、どう考えたら良いのだろうか。

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コメント 6

たんご屋

a lion at bay の逸話はたしかにいろいろなところで見ますね。どこまで本当なのでしょうかね。
A stag at bay is a dangerous foe. は、斎藤和英大辞典にそのまま出ています。斎藤先生が作ったのではないでしょうか。
by たんご屋 (2007-09-09 07:54) 

日向清人

こんにちは。手元のJohn AytoのDictionary of Word Originsを見ると、bayの項に、Old Frenchのabaiierから来ているbayが"source of "bay" as in "at bay", the underlying idea of which is that of a hunted animal finally turning and facing its barking pursuers とあります。
by 日向清人 (2007-09-09 13:46) 

子守男

たんご屋さん、どうもありがとうございました。
なるほど、しかし斎藤先生といえども、他言語のことわざを「創作」してしまうことはあるんでしょうか。やはり謎は残るような気がします。
by 子守男 (2007-09-09 22:53) 

子守男

日向清人さん、言葉の由来はレファレンスによって記述が違う場合もあって、「これだ」といえないのが面白くも難しいものですね。参考になりました。どうもありがとうございます。
by 子守男 (2007-09-09 22:57) 

たんご屋

ことわざを創作というよりも、日本のことわざを英語(として通じる表現)に訳したということではないかと。斎藤先生は「英米人の文章の引用は和英辞典にはのせるべきではない」という主義ですし、俳句や都々逸などをご自分で訳して載せてもいらっしゃいますので、そういうこともあるかなあと思いました。たとえば「君子豹変す」を The true man can adapt himself to any conditions. と訳していらっしゃいます。
by たんご屋 (2007-09-10 08:44) 

子守男

たんご屋さん、ありがとうございました。
なるほど。あたかも英語のことわざのように受け取られているとしたら、斎藤先生本人ではなく、周囲あるいは後世の人たちのせいかもしれないというわけですね。
しかしこの表現、元の日本語と同じようにネズミと猫を使っても通じると思うのですが(a cornered mouse という表現もあるようです)、stag を使ったのに何か深いわけがあるのでしょうか。
by 子守男 (2007-09-11 00:27) 

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