「陰の季節」(横山秀夫) [読んだ本]
短編「陰の季節」は、私が初めて読んだ横山秀夫の小説だ。ひと昔前、海外の出張先に持っていった雑誌に掲載されていた。何気なしに読み始めたが、すぐに引き込まれた。犯罪ものではあるが、その設定が何とも意表をついたものだったからだ。
ここに出てくるのは、大都会に蠢く犯罪者を追うカッコいい刑事ではない。かといって、登場人物の個性や独特の趣味などを活写して特色を持たせた作品でもない。舞台は、D県を管轄する県警察。主人公は刑事ではなく、人事を担当する警務課の管理職。彼の指が扱うのは、拳銃ならぬパソコンのキーである。
警察は、現場で活動する制服警察官や刑事だけで構成されているわけではない。ひとつの大きな組織であり、その管理運営には多大なエネルギーが必要だ。それを担う人たちがおり、表には出ないが、組織の実権を握っている場合がある。
そうした警察組織の実情を描きつつ、そこに徐々に、未解決の古い事件が絡まっていく。トリックや意外性で読ませるミステリではないのに、いい意味で、読み始めた時の予想を裏切られた作品だった。
この短編の後に書かれた、同じ「D県警もの」の数編をあわせてまとめられたのがこの本である。どれも異なる裏方たちを描いており、独特の味わいを楽しんだ。
ミステリは海外の作品を中心に、若い頃にそれなりに読んだが、こうした設定で書かれたものは記憶にない。アイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛」シリーズのような素人探偵ものは別として、警察を正面から扱いながら、犯罪捜査と直接関係ない部署の人物を主人公にした面白い作品があったら読んでみたいので、ご存知の方は教えていただければうれしい。
このシリーズのあと、作者が書いた長編「半落ち」は大きな評判となった。私も面白いとは思ったものの、それほどの傑作とまでいえるか、ちょっと疑問だった。最近では社会派小説の「クライマーズ・ハイ」がよかったが、他の作品を積極的に読んでみようというところまではいかなかった。
以前、表題作を読んでいながら、この文庫本を手に取ったのはなぜか初めてで、正直いうと暇つぶしのためだったが、個人的には上記の長編よりも楽しめた。それは、短編という読みやすさのほか、やはり警察の管理部門を描いているという設定によるところが大きい。
そして私がそう感じるのは、ずっとサラリーマンを続けていて、「理想やスジ論だけでは組織はやっていけない」という、逃れられない悲しい現実を味わってきているからだろう。ということで、この作品を皆が面白いと思うかどうか保証の限りではないが、中断状態となっているこのシリーズ、私としてはぜひ作者に書き続けて欲しいと思う。
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