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相撲の「親方」は「トレーナー」か [日本の文化]

以前も書いたことがあるが、相撲の「部屋」を表す英単語として stable、また「親方」には stable master という単語があてられている。ところが先日たまたま目にした、元時津風親方の刑事事件を報じる英文では trainer が使われていた。

Japanese police arrested a former sumo trainer Thursday over the death of a 17-year-old wrestler after an alleged beating during training camp last June, officials said.
( http://www.iht.com/articles/ap/2008/02/07/sports/AS-SPT-SUM-Sumo-Death.php )

私は別に相撲の大ファンというわけではないが、「親方」を trainer というように(しかも不定冠詞とともに)表現されると、なんだか哀しい気持ちになる。

たまたまネイティブスピーカーに会う機会があったので、これについて訊ねてみた。相撲に特に詳しくはないものの、日本に暮らしているのでまったく無知というわけでもないという人だが、彼の意見も、親方の力の強大さが伝わらず、あまり適切とは思われない、というものだった。ただ、相撲についてよく知らない非日本人には、stable master を使うよりもすんなりと読めるのではないか、というようなことも話していた。もちろん、あくまでこのネイティブ個人の考えであるし、私も trainer が誤りだとまでいうつもりはない。

いずれにせよ、このAP通信の記事は東京発なので、書いた本人あるいはスタッフは、相撲や角界について多少の知識はあるはずだ。にもかかわらず stable master を使わなかったのは、非日本人に対するわかりやすさ、親しみやすさを優先させて、意図時に避けたということだろうか。そうした配慮もいいが、一方で、日本的な事物を何らかの形で伝えるよう努めて欲しいとも思ってしまった。

ちなみに、同じ国際通信社 Reuters もこのニュースを伝えていたが、その記事は次のように始まっている。

Japanese police arrested the former head of a sumo gym on Thursday on suspicion of assault resulting in the death of a 17-year-old wrestler last year, which cast a harsh spotlight on the rigid world of the ancient sport.
( http://www.ft.com/cms/s/0/01641fe4-d61e-11dc-b9f4-0000779fd2ac.html )

ここでも stable master は使っていないが(この後の部分では出てくる)、今回の事件が持つ意味を簡潔に述べている。個人的にはAP電よりも好ましい書き方だと感じる。

さて、stable についてちょっと余談である。言語について興味深い本を多数著している鈴木孝夫教授は、著書の中でこの単語を取り上げ、次のようなことを書いている。

意味論的に面白いのは、相撲部屋のことを言うのに、競馬の厩舎を指す stable (馬小屋)を、そのまま転用していることです。つまり stable という語は、英語が日本独得の文化と接触したために、意味が変化した(拡張)したと言えます。
(「日本人はなぜ英語ができないか」岩波新書)

私がこれを読んで少し経ってから、「日本人の英語」などの著書で知られるマーク・ピーターセン教授によるコメントを目にした。ちょっと長くなるが引用する。

これには驚いた。というのも、「日本独得の文化と接触」しなくても、実際こうした意味の stable は、そもそも19世紀からすでにボクシング用語(たとえば boxers from the same stable =同じジム所属のボクサー)として定着しており、そのうち、ballet dancers from the same stable (同じバレエ団のダンサーたち)や、a studio with a large stable of writers (多数の脚本家を擁した映画会社)等々のように、あらゆる分野の集団を表すように拡張してきた、ごく当たり前な英語に過ぎないのである。
「日本独得の文化」は確かにすばらしいが、相撲部屋を英語で表そうと思えば、単純にボクシングの連想から stable という単語しか思い浮かばないのである。
(「ニホン語、話せますか?」新潮社)

鈴木氏は、ネイティブの文化にとらわれない「国際英語」の使用を唱えるなど、その主張には傾聴すべき点が多いと私は思うが、stable が相撲部屋について使われるようになった経緯は、「~したといえる」といった個人的見解ではなく、事実としてとらえるべきものだろう。それを調べ、確認しようとはしなかったのだろうか。

英語はますます国際化が進んでいるといえるだろうが、ピーターセン氏の記述が正しいとしたら、一方で、やはりそれを生み出した文化と完全に切り離すこともできないようだ。学習者にとっては、何ともしんどいものだと思うが、だからこそ学び甲斐があるのだ、と前向きにとらえることにしようか。

参考記事:
続・horse にちなんだ表現

ニホン語、話せますか?

ニホン語、話せますか?

  • 作者: マーク・ピーターセン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/04/22
  • メディア: 単行本

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コメント 3

たんご屋

将棋には奨励会という養成機関があります。これも stable かなあと思いましたが、shoreikai と表現しているようです。
相撲部屋の「部屋」というのも考えてみればおもしろい表現ですね。「部屋」はふつう room という意味ですからね。相撲の世界独特の用語なのですから、heya と表現してもよいのではという気もします。
by たんご屋 (2008-03-24 11:11) 

子守男

たんご屋 さん、コメントありがとうございました。
大相撲については専門の英文紙があったはずで、もしかしたら heya という単語も使われているかもしれませんね。ただ、やはり初めての人のために一般的な単語を使った説明も必要でしょうから、言い換えるためにどんな単語がふさわしいかを考えなくてはならないのでしょうね。
by 子守男 (2008-03-25 00:15) 

Lingo Field

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