クリントンの「不適切な関係」の表現について [アメリカ政治]
前回書いたレーガン大統領に比べて、クリントン大統領の英語は少しわかりにくかった。南部なまりがきついとは感じなかったが、結構早口である。若い頃から弁が立ったといわれるが、それにしてはなぜか印象に残った演説がない。例外が、自分の不倫を認めたテレビ演説で、「不適切な関係」は流行語にもなった。
私は当日のテレビで同時通訳を通じてこの演説を聞いたが、その後ずっと、クリントンがホワイトハウスの研修生との関係を "inappropriate" と言ったと思い込んでいた。そして、この単語を見出しや本文で使っている英文記事も随分と目にした。
ところが、クリントンは実際にはこうした言い方はしていなかった。
つまり、正確には "not appropriate" と言ったわけである。なんだ、では inappropriate と同じではないか、と思われるかもしれない。しかし、どうもそうでもないらしいことを知ったのは、「日本人の英語」で知られるマーク・ピーターセン氏の著書「英語の壁」を読んだ時であった。
この本には、「不適切」演説で使われたレトリックの巧妙さを分析した項があり、なかなか読み応えがある。そして、くだんの言葉については、次のように書かれていた。
「不適切」が inappropriate ではなかったということにとどまらず、そうなのかと感心した。このへんのニュアンスは、ネイティブスピーカーに教えてもらわなくては、凡人の学習者にはなかなかつかめないものだろう。
ただ一方で、inappropriate を使っていた記事もずいぶんあることを思い出し、ネイティブだからといって皆こうした受け取り方をするとは限らないのではないか、という気もした。ピーターセン氏は文学者なので、言葉について研ぎ澄まされた感覚を持ち、話者の意図を推し量ることができる人なのだろう。言語感覚が鋭さに個人差があるのは、洋の東西を問わないのではないか。
さてクリントンといえば、他に私の記憶に残っている言葉としては、やはり不倫疑惑にからんだ "I have sinned." くらいしか思い浮かばない。先にあげたスピーチ集のサイトでも、クリントンの演説で収録しているのはこの2つで、名誉なこととはいえまい。「私は道徳に背いた」演説はこちらである。
http://www.historyplace.com/speeches/clinton-sin.htm
クリントンは大統領の座を失いかけ、また "Slick Willie" などというあだ名もつけられながら、在任中は一定の人気を保ち続けていたのが不思議である。ピーターセン氏も本の中で書いているように、類まれな話術の持ち主であり、さらにはある種の魅力と強運をも持っていたのだろう。
今回の大統領選挙でも、初めの頃はヒラリーと並んでかなり前面に出ていたが、かえって逆効果だったとの見方もあるのは、大統領時代の人気が今も続いているという過信があったのか。その後はあまり前に出ないように戦術を変えたようだが、結局は流れを変えることはできなかった。
追記(2013年1月):動詞としての appropriate のおもしろい意味についてこちらで取り上げた。
参考記事:
・Artful Dodger と Slick Willie
・適切でない appropriate
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私は当日のテレビで同時通訳を通じてこの演説を聞いたが、その後ずっと、クリントンがホワイトハウスの研修生との関係を "inappropriate" と言ったと思い込んでいた。そして、この単語を見出しや本文で使っている英文記事も随分と目にした。
ところが、クリントンは実際にはこうした言い方はしていなかった。
Indeed, I did have a relationship with Ms. Lewinsky that was not appropriate. In fact, it was wrong.
( http://www.historyplace.com/speeches/clinton.htm )
つまり、正確には "not appropriate" と言ったわけである。なんだ、では inappropriate と同じではないか、と思われるかもしれない。しかし、どうもそうでもないらしいことを知ったのは、「日本人の英語」で知られるマーク・ピーターセン氏の著書「英語の壁」を読んだ時であった。
この本には、「不適切」演説で使われたレトリックの巧妙さを分析した項があり、なかなか読み応えがある。そして、くだんの言葉については、次のように書かれていた。
英語では "inappropriate" (不適切な)と比べると、クリントンが実際に選んだ言い方の "not appropriate" (適切ではない)の方が、その「関係」に対する批判の「積極性」が微妙に薄い。結果として、「罪」自体もやや軽いような印象を与える言い方である。
「不適切」が inappropriate ではなかったということにとどまらず、そうなのかと感心した。このへんのニュアンスは、ネイティブスピーカーに教えてもらわなくては、凡人の学習者にはなかなかつかめないものだろう。
ただ一方で、inappropriate を使っていた記事もずいぶんあることを思い出し、ネイティブだからといって皆こうした受け取り方をするとは限らないのではないか、という気もした。ピーターセン氏は文学者なので、言葉について研ぎ澄まされた感覚を持ち、話者の意図を推し量ることができる人なのだろう。言語感覚が鋭さに個人差があるのは、洋の東西を問わないのではないか。
さてクリントンといえば、他に私の記憶に残っている言葉としては、やはり不倫疑惑にからんだ "I have sinned." くらいしか思い浮かばない。先にあげたスピーチ集のサイトでも、クリントンの演説で収録しているのはこの2つで、名誉なこととはいえまい。「私は道徳に背いた」演説はこちらである。
http://www.historyplace.com/speeches/clinton-sin.htm
クリントンは大統領の座を失いかけ、また "Slick Willie" などというあだ名もつけられながら、在任中は一定の人気を保ち続けていたのが不思議である。ピーターセン氏も本の中で書いているように、類まれな話術の持ち主であり、さらにはある種の魅力と強運をも持っていたのだろう。
今回の大統領選挙でも、初めの頃はヒラリーと並んでかなり前面に出ていたが、かえって逆効果だったとの見方もあるのは、大統領時代の人気が今も続いているという過信があったのか。その後はあまり前に出ないように戦術を変えたようだが、結局は流れを変えることはできなかった。
追記(2013年1月):動詞としての appropriate のおもしろい意味についてこちらで取り上げた。
参考記事:
・Artful Dodger と Slick Willie
・適切でない appropriate
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