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「ゆらこめ」 [ジャズ・クラシック]


ゆらこめ〈上〉―ゆらむぼのクラシック音楽CD評論集

ゆらこめ〈上〉―ゆらむぼのクラシック音楽CD評論集

  • 作者: 由良 博英
  • 出版社/メーカー: 神戸新聞総合出版センター
  • 発売日: 2008/12
  • メディア: 単行本


クラシック音楽のCD評を綴った「ゆらむぼの部屋」というサイトがあった。ある日久しぶりに訪れたら、そこに書かれていたのは「ゆらむぼ」さんが急逝したという家族の方の文だった。

気に入っているサイトの更新が途絶えただけでも、書いている人に何かあったのだろうかとちょっと心配になるが、筆者が亡くなるとは衝撃というより他にない。

あれからおよそ1年、「ゆらむぼ」さんがネット上に綴ってきた文章が本にまとめられたことを知り、注文していた上下2巻がこの週末届いた。懐かしさとともにページを繰った。

まだ個人のウェブサイトやブログが普及していなかった1990年代、電脳コミュニティの中核はパソコン通信の会議室(掲示板)だったといっても過言ではないだろう。

それぞれが部屋を構えてそこに人がやってくるのではなく、皆がひとつの部屋に集まってきて意見を交わす。ある意味、今よりも開かれた雰囲気と熱気が感じられ、テーマによっては侃々諤々の議論が繰り広げられた。私も、音楽や英語など興味のある分野の会議室を訪れてさまざまな書き込みを読み、時には勇を振るって自分の考えを書くこともあった。

そんな会議室のひとつ、クラシックのフォーラムで目をひいたひとりが「ゆらむぼ」というハンドル名の方だった。クラシック音楽は慣れるまではどの演奏も同じように聞こえがちだが、ひとたび演奏者による解釈の違いがわかるようになると、これほど面白いものはない。会議室でも、どの作品は誰の演奏がいいかとか、出たばかりのCDをどう思うかなど、アクティブなメンバーはさながらサイバー空間で口角泡を飛ばしている感があった。

その中で「ゆらむぼ」さんは、常に優しく暖かい視点で感想を綴り、独自の存在感を示していた。基本的に気に入ったCDを選んで紹介しているのだが、ひとりよがりの褒めあげ方をするのではなく、他の演奏をけなすわけでもなく、理詰め一方の分析に陥ることもない。文章もすっと読め、親しみやすい。こうしたことは簡単なようでいて、実はなかなかできることではないと思った。アップされる文章を読むのが楽しみだった。

そのうちに、時は移ってインターネットが主流となり、個人のサイトが続々と開設される一方で、パソコン通信の会議室は次々と閉鎖されていった。「ゆらむぼ」さんも自分のホームページを開いたが、私がそのサイトにアクセスする頻度は徐々に減っていった。パソコン通信の時代は、皆が集まるフォーラムに行けばよかったが、今は自分で興味のあるサイトを探し、あちこち足を運ばなければならない(それはそれで面白いことでもあるが)。「ゆらこめ」(=ゆらむぼさんのコメント)の調子は変わらなかったが、こちらが変わってしまったのだ。

そんなある日知ったのが「ゆらむぼ」さんの死だった。バイクを運転中、突然くも膜下出血に襲われたという。享年45歳、私とほとんど年齢が変わらない方だった。個人的な面識はまったくなかったが、何とも残念だった。

その後、「ゆらむぼ」さんの死を惜しむ声が、パソコン通信やサイトの愛読者から次々と寄せられたという。そして、遺族によってその文章が本としてまとめられ、このほど出版された。あまり例のないことではないかと思う。

まだ全部を読んだわけではないが、かつてオンラインで読んだ文章にも再会し、当時を思い返して懐かしくなった。「ゆらこめ」のおかげで聞いてみようという気になった作品や演奏もかなりある。そして「ゆらむぼ」さんが、それぞれの作品や演奏について、極力良い面を捉えようとしていたことに改めて感じ入った。

それは音楽鑑賞に限ったことではなく、忙しい毎日を過ごし、仕事などで神経をすり減らす中で忘れてしまいがちな心の持ちように他ならない、と私自身を省みて思った。そして、そうした前向きな姿勢と細やかな感性を持つ由良博英さんを待ち受けていた運命が何とも悔しい。

ゆらこめ〈下〉―ゆらむぼのクラシック音楽CD評論集

ゆらこめ〈下〉―ゆらむぼのクラシック音楽CD評論集

  • 作者: 由良 博英
  • 出版社/メーカー: 神戸新聞総合出版センター
  • 発売日: 2008/12
  • メディア: 単行本


タグ:和書
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