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翻訳で知った謎の日本語 (Hear! Hear!) [読書と英語]


木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)

木曜日だった男 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: チェスタトン
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/05/13
  • メディア: 文庫


チェスタトン G.K. Chesterton といえば短編ミステリの「ブラウン神父」ものが有名だが、このシリーズ以外の作品のひとつに「木曜の男」という長編がある。たまたま立ち寄った書店で、この小説の新しい訳があるのを見つけた。

なにせ三十年ほど前に一度読んだだけなので筋はとっくに忘れているが、不可思議な怪作だったという記憶があり、新訳を買って読んでみた。結局、やはりよくわからない作品だという感想に変わりはなかったが、それはともかく、この翻訳の中で懐かしい(?)日本語に再会した。

- グレゴリー同志のさいぜんの演説には、牧師補が喜んで聞かないような言葉は一つもなかったじゃありませんか(ヒヤ、ヒヤ)。

- 我々が社会の敵であるのは、社会が人類の敵―人類最古の、もっとも容赦ない敵だからです(ヒヤ、ヒヤ)。

この「ヒヤ、ヒヤ」(あるいは「ヒヤヒヤ」)に初めて出会ったのは、文庫本を読むようになった十代初めの頃、何かの翻訳でだった。その後も、「ひやひやした」ということではなさそうだし、冷やかしと取るのもちょっと変だ、などと見るたびに首を傾げていた。

しかし、それほどひんぱんに目にする言葉ではなかったうえ不精なのでまともに調べることもなく、意味を知ったのは大人向けの国語辞典を使うようになってからだった。「木曜の男」を読んだ時はすでに知っていたはずだ。

この言葉の正体は英語の Hear! Hear! である。

- used to show that you agree with or approve of what somebody has just said, especially during a speech
(OALD)

- (主に英)謹聴!;賛成!、そうだそうだ(しばしば反語的・嘲笑的に用いる)
(ジーニアス英和大辞典)

- 謹聴、賛成、ヒヤヒヤ!
(リーダーズ英和辞典)

「リーダーズ」が訳語に「ヒヤヒヤ」をあげているのは辞書出版社の老舗としての矜持、さすが研究社、というべきか。一方、私が持っている辞書のうちで最も出版年の古い、50年前の「岩波英和辞典」は、意外なことに「謹聴;賛成」しか載せていなかった。

私は記憶する限り、日本語の「ヒヤ、ヒヤ」が日常生活で実際に使われたのをこれまで聞いたことはない。国語辞典に載ってはいるものの、私が子供の時にはすでに廃れていたといってもいいのではないだろうか。表記が「ヒア」ならぬ「ヒヤ」だから、使われるようになったのはかなり昔のことだろう。私が使っている電子辞書にある「明鏡国語辞典」を見たら、

明治のころ聴衆が謹聴・賛成などの意を表す時に発した語。Hear! Hear! から。

とあった。しかし、この英語がなぜ日本語として使われるようになったのかまではわからない。

いずれにせよ、その「ヒヤ、ヒヤ」が「新訳」をうたっている光文社の翻訳シリーズに出てきたので、ちょっと驚いてしまったのだった。原作はほぼ100年前に出版されたので、訳語にも古い言葉を使ったのだろうか。しかしそこまで「ヒヤ、ヒヤ」にこだわる必然性があるとも思えない。どうも翻訳者と編集者の意図をつかみかねた。ちなみにこの新訳シリーズではこの作品以外にも何点か読んだが、これまで書いたように、私とはどうも相性がよくないようだ。

脱線だが、こだわりといえば、翻訳者はタイトルを「木曜日だった男」とした理由について解説で触れている。過去にこのようにした翻訳はなかったが、"The Man Who Was Thursday" という題名がついた小説は、ありきたりな話ではないことが一目でわかる。こうした面白さを生かしたいと思ったからだ、という。

これを読んで、私は一種の既視感と戸惑いを感じた。私がかつて読んだ翻訳の題は、冒頭にも書いたように「木曜の男」だった。そして、その際に原題を見て、まさに「なぜ日本語でも過去形にしなかったのだろう、その方が面白いのに」と思ったのだった。

ところが今回、実際に「木曜日だった男」が出てきたら、何だか違和感を持ってしまった。慣用として定着した呼び方の根強さについては、以前、「緋色の研究」か「緋色の習作」かという論議があるホームズものの作品 "A Study in Scarlet" について書いたことがあるが、チェスタトンのこの作品も、私にとっては「木曜の男」として記憶されていたわけである。

もうひとつ余談だが、あらためて書店をのぞいてみたら、私がかつて読んだ「木曜の男」の翻訳は今も現役で店頭に並んでいた。ところどころ拾い読みした限りだが、それほど訳は古びてはいないと思ったし、新訳よりこなれていると思った箇所もあった。そして、「ヒヤ、ヒヤ」はここでも使われていた。

さらに気づいたのは、本全体のタイトルと同じと思われる第4章の題が「木曜日だった男」となっていることだった(章の原題は知らないので同じだと断言はできないが)。翻訳者はなぜこちらだけ英語の直訳風にしたのだろうか。

木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

  • 作者: G.K.チェスタトン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1960/01
  • メディア: 文庫


参考:【本】 「緋色の研究」(あるいは「習作」)のこと 「ドリアン・グレイの肖像」の名言 【本】 新しい「幼年期の終わり」 【本】 「飛ぶ教室」の新訳


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