「日本人なら必ず誤訳する英文」 [辞書・学習参考書]
挑戦的な書名を店頭で見て思わず手に取った。この手のタイトルは売るためのものだから真に受ける必要はないし、大した内容でなければ書棚に戻して終わりだが、この本はパラパラとめくってみたところ面白そうだったので購入した。著者と編集者の勝ちである。
著者は、以前取り上げた「天使と悪魔」や、かの「ダ・ヴィンチ・コード」などの訳者だが、塾や予備校での指導経験も豊富ということで、日本人によく見られる誤りを140の問題にまとめ、間違えずに訳せるかどうかを問うている。私はかなりの高打率で問題を誤らずに理解できた(つもりだ)が、逆にいえば、当然とはいえ全問正解というわけにはいかなかったのがちょっとくやしい。
足をすくわれそうな構文や表現がうまく選ばれていて、ほとんどが数行程度なので取っつきやすく、飽きずに読むことができる。何より解説がていねいである。いわゆる「受験英語」的な内容もあるが、一方で、左から右へと後戻りせずに英文を読むネイティブの思考の流れも説明している。英文学系の先生が書いた類書にはあまり出てこないのでは思われる、数字にまつわる表現もいくつか取り上げられていた。
問題文はそれだけで独立して訳せる内容となっているが、中には、もっと前後関係の手がかりがあれば、実際には誤訳する可能性が減るのでは、と感じたものもあった。しかし解説を読むと、なるほど、その文だけであってもしっかりと読み込めば、前後の流れがなくても解釈を絞れることがわかってくる。
文章には、必ず文脈や前後関係があり、それによって単独ではわからない単語や表現も類推できる。短文での英語学習はナンセンスだ、とまで主張する英語の専門家もいるようだ。
それも一理あるだろうが、この本を読んでいて思ったのは、言葉に対する感覚を高めるためには、文脈ばかりに頼らない鍛錬も時には必要ではないか、ということである。与えられた英文だけでどれくらいの勝負ができるか、どれくらい読み込むことができるのか。
誤解のないように書いておくと、著者は文脈に頼ることを否定しているわけではなく、この本の問題文でも意味を取るのに文脈を判断材料にしているものがある。しかしそれは、前後の流れから何となく感じる、というものではなく、数行程度の短文からも話の筋道を的確に読み取る力が必要だ、といいたいのだと思う。
また著者は誤訳を防ぐプロセスのひとつとして、展開を予想することをあげているが、これも、「フィーリング」であたりをつけるということではなく、正しい解釈が前提だとしている。以前も書いたように、フィーリングによる理解は、自分で読み物を楽しむだけならそれでいいが、仕事などできっちりと内容を理解する必要がある場合は問題も起きかねない、と思う。
ちょっと話が脇道にそれるが、かつて英語を日常的に使う部署にいた時、仕事で扱う英文の読み込みでは、バイリンガルや帰国子女の若手よりも、受験英語で揉まれた先輩の方がずっとしっかりしていたという例を何回か見た。もちろん受験勉強をしていても読めない人は読めないし、英語以外に経験や知識の差があるので、一般化するつもりはない。
ただひとついえると思うのは、そうした英語力があればこそ、発音や会話の流暢さの面では太刀打ちできない後輩を指導していくことができるのだし、逆にいえば、そうした力をつけていないと、帰国子女の社員やスタッフも参加するような仕事では大変さが増すわけである。
余談はさておき、この本を読みながら、母語ではないからこそ、文脈に頼りすぎない研ぎ澄まされた感覚を身につける努力が必要になるのではないか、と考えた次第である。「文脈からわかった」とは、結局「わかったつもり」の域を出ておらず、本当はわかっていないのではないか、と自問する厳しさを忘れてはならないのだろう。
なお、私自分の実力不足を棚に上げて、読者という一消費者の立場で少し意地悪なことを書かせてもらうと、著者が示す訳例は、なるほどうまいと思うものがある一方で、ちょっとわかりにくいもの、やや磨かれていないなと感じたものがごく少数ながらあった。この本が翻訳の指南書というより英文解釈的な内容であることとも関係がありそうだが、まとまった作品の翻訳だったら、著者ももう少し手を入れたことだろう。
もうひとつ、more than は「~以上」ではない、ということを取り上げた問題があり、これは確かに日本人がよく間違える事柄だと思うが、著者自身が他の問題の中で more than ten を「10以上」としていた。「弘法も筆の誤り」か。
この本については、もう少し書きたいことがあるが、長くなってきたので、次回に続けることにしたい。
参考記事:
・悪文もまた文なり (「日本人なら必ず誤訳する英文」続き)
・「さよなら英文法!多読が育てる英語力」
越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文 (ディスカヴァー携書)
- 作者: 越前 敏弥
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2009/02/18
- メディア: 新書
著者は、以前取り上げた「天使と悪魔」や、かの「ダ・ヴィンチ・コード」などの訳者だが、塾や予備校での指導経験も豊富ということで、日本人によく見られる誤りを140の問題にまとめ、間違えずに訳せるかどうかを問うている。私はかなりの高打率で問題を誤らずに理解できた(つもりだ)が、逆にいえば、当然とはいえ全問正解というわけにはいかなかったのがちょっとくやしい。
足をすくわれそうな構文や表現がうまく選ばれていて、ほとんどが数行程度なので取っつきやすく、飽きずに読むことができる。何より解説がていねいである。いわゆる「受験英語」的な内容もあるが、一方で、左から右へと後戻りせずに英文を読むネイティブの思考の流れも説明している。英文学系の先生が書いた類書にはあまり出てこないのでは思われる、数字にまつわる表現もいくつか取り上げられていた。
問題文はそれだけで独立して訳せる内容となっているが、中には、もっと前後関係の手がかりがあれば、実際には誤訳する可能性が減るのでは、と感じたものもあった。しかし解説を読むと、なるほど、その文だけであってもしっかりと読み込めば、前後の流れがなくても解釈を絞れることがわかってくる。
文章には、必ず文脈や前後関係があり、それによって単独ではわからない単語や表現も類推できる。短文での英語学習はナンセンスだ、とまで主張する英語の専門家もいるようだ。
それも一理あるだろうが、この本を読んでいて思ったのは、言葉に対する感覚を高めるためには、文脈ばかりに頼らない鍛錬も時には必要ではないか、ということである。与えられた英文だけでどれくらいの勝負ができるか、どれくらい読み込むことができるのか。
誤解のないように書いておくと、著者は文脈に頼ることを否定しているわけではなく、この本の問題文でも意味を取るのに文脈を判断材料にしているものがある。しかしそれは、前後の流れから何となく感じる、というものではなく、数行程度の短文からも話の筋道を的確に読み取る力が必要だ、といいたいのだと思う。
また著者は誤訳を防ぐプロセスのひとつとして、展開を予想することをあげているが、これも、「フィーリング」であたりをつけるということではなく、正しい解釈が前提だとしている。以前も書いたように、フィーリングによる理解は、自分で読み物を楽しむだけならそれでいいが、仕事などできっちりと内容を理解する必要がある場合は問題も起きかねない、と思う。
ちょっと話が脇道にそれるが、かつて英語を日常的に使う部署にいた時、仕事で扱う英文の読み込みでは、バイリンガルや帰国子女の若手よりも、受験英語で揉まれた先輩の方がずっとしっかりしていたという例を何回か見た。もちろん受験勉強をしていても読めない人は読めないし、英語以外に経験や知識の差があるので、一般化するつもりはない。
ただひとついえると思うのは、そうした英語力があればこそ、発音や会話の流暢さの面では太刀打ちできない後輩を指導していくことができるのだし、逆にいえば、そうした力をつけていないと、帰国子女の社員やスタッフも参加するような仕事では大変さが増すわけである。
余談はさておき、この本を読みながら、母語ではないからこそ、文脈に頼りすぎない研ぎ澄まされた感覚を身につける努力が必要になるのではないか、と考えた次第である。「文脈からわかった」とは、結局「わかったつもり」の域を出ておらず、本当はわかっていないのではないか、と自問する厳しさを忘れてはならないのだろう。
なお、私自分の実力不足を棚に上げて、読者という一消費者の立場で少し意地悪なことを書かせてもらうと、著者が示す訳例は、なるほどうまいと思うものがある一方で、ちょっとわかりにくいもの、やや磨かれていないなと感じたものがごく少数ながらあった。この本が翻訳の指南書というより英文解釈的な内容であることとも関係がありそうだが、まとまった作品の翻訳だったら、著者ももう少し手を入れたことだろう。
もうひとつ、more than は「~以上」ではない、ということを取り上げた問題があり、これは確かに日本人がよく間違える事柄だと思うが、著者自身が他の問題の中で more than ten を「10以上」としていた。「弘法も筆の誤り」か。
この本については、もう少し書きたいことがあるが、長くなってきたので、次回に続けることにしたい。
参考記事:
・悪文もまた文なり (「日本人なら必ず誤訳する英文」続き)
・「さよなら英文法!多読が育てる英語力」
タグ:翻訳・誤訳
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このブログで取り上げられる論点私の興味あるものが目立ちます。
「仕事で扱う英文の読み込みでは、バイリンガルや帰国子女の若手よりも、受験英語で揉まれた先輩の方がずっとしっかりしていたという例を何回か見た」
同感です。私も同様の経験があります。
『「文脈からわかった」とは、結局「わかったつもり」の域を出ておらず、本当はわかっていないのではないか、と自問する厳しさを忘れてはならないのだろう」』
御意。
「more than は「~以上」ではない、ということを取り上げた問題があり、これは確かに日本人がよく間違える事柄だと思う」
実は、日本語でも、「5000円以上」「5000円以下」「20歳未満」「刃渡り20センチを超える」「4月1日以前」などの範囲さえ、正確に理解できない人が法律実務に携わっている中でも結構います(さすがに弁護士にはいないと思いますが)。
それじゃ、英語の「more than」は理解できないでしょうね。
by いさちゃん (2009-04-03 19:08)
いさちゃん さんは法律実務に携わっておられるのでしょうか。まさに言葉を(英語であれ日本語であれ)いい加減に理解していたのでは大変なことになる分野だと推察します。「多読さえしていれば文脈からわかるようになる」という学習論を唱える英語のセンセイ方は、失礼ながら、「自分の理解が誤っていたら大変なことになる」という仕事の厳しさとは無縁なのではないか、と思いたくなります。
by 子守男 (2009-04-03 23:27)