キューバ危機での「イエスかノーか」 [英語文化のトリビア]
前回の「chaff を使った名言」で取り上げた政治家アドレイ・スティーブンソンを私が知ったのは、確か「キューバ危機」についてのドキュメンタリーだった。
核戦争の瀬戸際まで米ソの対立が深まったこの事件の時に国連大使だった彼は、キューバにミサイルを配備したのか否か、ソ連の国連大使に返答を迫った "Yes or no? Don't wait for the translation." という質問が有名になった。
スティーブンソンといえばこのエピソード、といえるほど名だたるもののようで、Wikipedia には
と書かれている。またキューバ危機を描いた映画「13デイズ」 Thirteen Days でも見せ場のひとつとして再現されていた。
安保理でのやりとりを一部引用すると、スティーブンソンが
と質したのに対してソ連の大使が "I am not in an American courtroom, sir, and I do not wish to answer a question put to me in the manner in which a prosecutor does." とかわそうとする。するとスティーブンソンは、
と重ねて迫る。ソ連大使が "You will have your answer in due course." と逃げると、
とたたみかけ、その上でアメリカが撮影した証拠写真を提示して説明していく。
アメリカ大統領選挙で共和党候補に二度敗れた彼は、国内政治的には過去の人になりつつあったと思うが、いい意味での「老犬」ぶりを国連の場で発揮したということだろう。
ちなみに上に出てきた until hell freezes over という表現だが、オンライン辞書には、
とある。また「ホテル・カリフォルニア」で有名なイーグルス Eagles が1994年に再結成した後の初アルバムのタイトルが "Hell Freezes Over" だったことを知った。最近では Eminem がこのイディオムと同じ題の曲を作っているようだ
さらに余談だが、"yes or no" といえば、太平洋戦争の初期、シンガポールを陥落させた山下奉文将軍がイギリスのパーシバル将軍に「降伏するか、イエスかノーか」と迫ったという挿話を連想した。
もっとも、以前紹介した誤訳についての本『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった』によれば、山下中将はパーシバルを威圧するつもりはなく、部下の通訳が下手で停戦交渉が円滑に進まなかったのに苛立ったのだという。この本の著者は、通訳が有能だったら、戦後の裁判で山下が有罪になり死刑になることはなかったかもしれない、とまで述べている。
山下が実際にどうパーシバルに接したのかについてはその場にいた人の証言によるしかないが、上に引用したスティーブンソンの安保理でのやりとりは映像や音声に記録されていて、ネットで見ることができる。
http://www.americanrhetoric.com/speeches/adlaistevensonunitednationscuba.html
最後に「13デイズ」について書くと、この映画でケネディ兄弟はそれなりに似ている俳優が演じていたが、とはいえ記録映像などで知っている実物の印象が強すぎるので、違和感は拭えなかった。語尾の -er, -or などの音を -ah のように発音するケネディ大統領の特徴はよく出していたとは思ったが。
またこの映画では、ケビン・コスナー演じる大統領補佐官とケネディ兄弟が格好いい(?)平和主義者として描かれているのに対して、軍部はソ連と一戦を交える機会を常にうかがっている存在として扱われていたように記憶している。
実際にどうだったのか私は詳しいことを知らないので何ともいえないが、映画を観たときは「そんなに単純なものだったのだろうか」と思ったことを覚えている。「JFK」もそうだが、この手の映画は史実そのままを描いたと思い込みやすいので注意が必要だと思う。
スティーブンソンに関連してとりとめもないことを綴ってきたが、彼は egghead の代名詞としても当時知られていたようだ。次回はこの単語にからめて、さらに彼について書いてみたい。
スティーブンソン関連のエントリ:
・chaff を使った名言
・「たまご頭」とは何か (egghead)
・アドレイ・スティーブンソンと大衆文化
核戦争の瀬戸際まで米ソの対立が深まったこの事件の時に国連大使だった彼は、キューバにミサイルを配備したのか否か、ソ連の国連大使に返答を迫った "Yes or no? Don't wait for the translation." という質問が有名になった。
スティーブンソンといえばこのエピソード、といえるほど名だたるもののようで、Wikipedia には
His most famous moment came on October 25, 1962, during the Cuban missile crisis, when he gave a presentation at an emergency session of the Security Council.
( http://en.wikipedia.org/wiki/Adlai_Stevenson )
と書かれている。またキューバ危機を描いた映画「13デイズ」 Thirteen Days でも見せ場のひとつとして再現されていた。
安保理でのやりとりを一部引用すると、スティーブンソンが
"Do you, Ambassador Zorin, deny that the U.S.S.R. has placed and is placing medium-and intermediate-range missiles and sites in Cuba? Yes or no -- don't wait for the translation -- yes or no?"
と質したのに対してソ連の大使が "I am not in an American courtroom, sir, and I do not wish to answer a question put to me in the manner in which a prosecutor does." とかわそうとする。するとスティーブンソンは、
"You are in the courtroom of world opinion right now, and you can answer yes or no."
と重ねて迫る。ソ連大使が "You will have your answer in due course." と逃げると、
"I am prepared to wait for my answer until hell freezes over, if that's your decision."
とたたみかけ、その上でアメリカが撮影した証拠写真を提示して説明していく。
アメリカ大統領選挙で共和党候補に二度敗れた彼は、国内政治的には過去の人になりつつあったと思うが、いい意味での「老犬」ぶりを国連の場で発揮したということだろう。
ちなみに上に出てきた until hell freezes over という表現だが、オンライン辞書には、
till hell freezes over
Inf. forever. (Use caution with hell.)
That's all right, boss; I can wait till hell freezes over for your answer. I'll be here till hell freezes over.
( http://idioms.thefreedictionary.com/till+hell+freezes+over )
とある。また「ホテル・カリフォルニア」で有名なイーグルス Eagles が1994年に再結成した後の初アルバムのタイトルが "Hell Freezes Over" だったことを知った。最近では Eminem がこのイディオムと同じ題の曲を作っているようだ
さらに余談だが、"yes or no" といえば、太平洋戦争の初期、シンガポールを陥落させた山下奉文将軍がイギリスのパーシバル将軍に「降伏するか、イエスかノーか」と迫ったという挿話を連想した。
もっとも、以前紹介した誤訳についての本『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった』によれば、山下中将はパーシバルを威圧するつもりはなく、部下の通訳が下手で停戦交渉が円滑に進まなかったのに苛立ったのだという。この本の著者は、通訳が有能だったら、戦後の裁判で山下が有罪になり死刑になることはなかったかもしれない、とまで述べている。
山下が実際にどうパーシバルに接したのかについてはその場にいた人の証言によるしかないが、上に引用したスティーブンソンの安保理でのやりとりは映像や音声に記録されていて、ネットで見ることができる。
http://www.americanrhetoric.com/speeches/adlaistevensonunitednationscuba.html
最後に「13デイズ」について書くと、この映画でケネディ兄弟はそれなりに似ている俳優が演じていたが、とはいえ記録映像などで知っている実物の印象が強すぎるので、違和感は拭えなかった。語尾の -er, -or などの音を -ah のように発音するケネディ大統領の特徴はよく出していたとは思ったが。
またこの映画では、ケビン・コスナー演じる大統領補佐官とケネディ兄弟が格好いい(?)平和主義者として描かれているのに対して、軍部はソ連と一戦を交える機会を常にうかがっている存在として扱われていたように記憶している。
実際にどうだったのか私は詳しいことを知らないので何ともいえないが、映画を観たときは「そんなに単純なものだったのだろうか」と思ったことを覚えている。「JFK」もそうだが、この手の映画は史実そのままを描いたと思い込みやすいので注意が必要だと思う。
スティーブンソンに関連してとりとめもないことを綴ってきたが、彼は egghead の代名詞としても当時知られていたようだ。次回はこの単語にからめて、さらに彼について書いてみたい。
スティーブンソン関連のエントリ:
・chaff を使った名言
・「たまご頭」とは何か (egghead)
・アドレイ・スティーブンソンと大衆文化
にほんブログ村← 参加中です
私もこの映画は好きで、DVDも買って何度も観直しています。
当時司法長官として兄を支えたロバートが当時の回顧録を著していますが、それらを見る限り、「軍部はソ連と一戦を交える機会を常にうかがっている存在」だったことは間違いないようです。逆に、一時は大統領自身も核戦争の引き金を引きかねなかったため、ジョン・サマヴィルなどは、ソ連こそが世界を核戦争から救ったという言い方をしていましたね。『人類危機の十三日間―キューバをめぐるドラマ』(岩波新書)も、このロバートの回顧録を下敷きとしていたようです。
ただ、会話の内容自体は本物なのに、それが話された状況(話者の顔ぶれ)が異なるなど、おっしゃるように、そのまま史実と受け止めるとヤバい部分があります。特に、コスナー演じる大統領補佐官が軍の指揮系統に割って入り込むなど、疑問に思われる箇所もあります。
とはいえ、物語の大枠は史実に基づいていることに間違いはなさそうで、マクナマラ長官へのインタビューで構成された映画「フォッグ・オブ・ウォー」とあわせて、この時代を窺がう映画としておすすめできるものだと思います。
by 6 (2009-04-23 01:30)
事情にお詳しい6さんからコメントをいただきまして、どうもありがとうございます。教えていただいた作品、余裕があったら読んでみたいと思います。
一般論ですが、「回顧録」の類は常に筆者の視点から語られるものですし、場合によっては自己の行為を正当化する目的もまったくないとはいえないでしょう(マクナマラのインタビューもいろいろ批判を受けていましたよね)。ですから、まったく別の立場の人の証言、さらには第3者的な分析も意図的に視野に入れないといけないだろうと常々思っています。
何かの場に同席した複数の人の記憶や言い分が食い違っている、なんてことは私の勤務先ですら時に起きていることですし・・・。
by 子守男 (2009-04-24 00:17)
"I am prepared to wait for my answer until hell freezes over, if that's your decision."
という名言ですが、my answerというのは、何故your answerではないのでしょうか?
何かひっかかっています。
by piano (2016-11-11 11:22)
pianoさん、ここが my answer となっているのは、相手のソ連大使が your answer と言ってきたのを受けて返したものだからだと思います。元の英語を生かして訳すのであれば、ソ連側の言葉は「あなたにとっての解答」、それに対するスティーブンソンの言葉は「私にとっての(あなたからの)解答」というようにすればいいでしょうか。
なお実際にはソ連大使の言葉は通訳が英訳したもののはずなので、原語のロシア語がどういう感じだったのかは不明です。
by tempus fugit (2016-11-11 20:02)