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シルヴァー・ブレイズ(銀星号)の掛け率について(新訳「回想のシャーロック・ホームズ」) [シャーロック・ホームズ]

前回に続いて、創元推理文庫から刊行が進んでいる「ホームズ全集」の新訳について書く。第2短編集の「回想のシャーロック・ホームズ」 The Memoirs of Sherlock Holmes の冒頭を飾る Silver Blaze (創元版のタイトルは「<シルヴァー・ブレーズ>号の失踪」)は、この短編集で私が最も気に入っている作品だ。

回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】 (創元推理文庫)

回想のシャーロック・ホームズ【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: アーサー・コナン・ドイル
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2010/07/27
  • メディア: 文庫

私は子どもの時に「銀星号事件」とした翻訳で初めて読んだため、いまだにこちらの題に親近感を抱くが、その一方で競争馬の名前としてはやはり音をカタカナで表記した方がふさわしかろうと思う。難しいものである。なお blaze は「炎、閃光」だが、牛などの顔の白い部分もこの単語で表現するらしく、英和辞典には「(牛馬の顔面の)白ぶち、ほし、流星」などと書かれている。

さて、新訳を読んだら、これまで気づかなかった疑問を持ったので、今回はそれについて書いてみたい。

それは、競馬場にオッズを告げる声が響く場面である。新訳から引用する。

- 「シルヴァー・ブレーズの対抗に五対四! デスバラの対抗に十五対五! 本命以外に五対四!」

私はこの作品をこれまで何度も翻訳で読んだが、「対抗(馬)」という言葉が出てくるのは記憶にある限りこの訳が初めてで、あれっと思った。例えば、Silver Blaze を「白銀号」としているある翻訳を見ると、

- 「白銀号は五対四! デスボローは十五対五! 場に出れば五対四!」

となっている。

原文を見てみよう。

- "Five to four against Silver Blaze!" roared the ring. "Five to four against Silver Blaze! Five to fifteen against Desborough! Five to four on the field!"

このように、against が使われている。であれば、やはり「対抗馬」とするべきなのか。それにしては(あくまで記憶にある限りだが)そうした翻訳にお目にかかったことがないのはどうしてだろうか。

私は競馬を若い頃にちょっとやったことがあるだけで(金を失う一方なのでやめてしまった)配当の仕組みには詳しくないうえ、「○対○」という言い方も日本では使われていないはずなので、どうもよくわからない。また競馬や賭けの英語として against に何か特殊な意味や用法があるのかどうかついても不案内である。どなたか競馬と英語に詳しい方がいらしたら、ぜひ教えてくださったら幸いである。

ちなみに、この原文にある field だが、

- 「競技参加者全員、他の出場者たち」「(競馬・ドッグレースで)(通例、本命以外の)全出走馬(犬)」

と英和辞典に書かれている(通常定冠詞をつける)。また私の持っている 注釈つき「回想」の原書(Oxford University Press 版)も、この部分について

- ... the backer would win if any horse other than the favourite came out on top

と説明している。こうしてみると、「場に出れば五対四」はどうも誤訳らしい。また、「本命(=シルヴァー・ブレイズ)以外に五対四」という意味が正しいのなら、先行する「対抗に五対四」と掛け率がそろっていることからも、やはり深町氏のように「対抗」として訳すのが正しいか、と考えたりもする。いずれにせよ、これまで気づかず、かつ、よくわからない点である。

「シルヴァー・ブレイズ」については以上だが、ついでに書くと、今回の「回想」の新訳で事前に期待したものの実際に読んで残念だったのは、「グロリア・スコット号」 The Gloria Scott という短編だった(こちらは馬ではなく船の名前である)。

ネタバレになるので詳しくは書かないが、この作品には暗号が入った手紙文が出てくる。以前触れたことがある、ホームズの暗号ものの代表作「踊る人形」と同様、「グロリア・スコット号」の暗号も読者が解こうとすれば解けるタイプのものだが、「人形」とは違って英文自体が暗号なので、日本人の読者にはそれが障害となる。

深町氏だったら、日本語でも暗号として解けるように翻訳してくれるのではと考えていたのだが、「回想」が出版されて手に取ったら、他の多くの翻訳と同様、原文を併記しつつ忠実に訳してあった。それがちょっと残念だった。

日本語でも暗号の形になっているのは新潮文庫の延原謙氏の翻訳で、原文と少し意味がずれているのはいたしかたないだろうが、ここは多少「超訳」になっても、読者も暗号解読に挑戦できるようにしたほうがありがたいと個人的には思う。その一方で、原文の意味を忠実に伝えるのが正しい翻訳のあり方だ、という考えもあるだろう。どちらの立場に立つべきか、これまた難しいものだ。


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タグ:翻訳・誤訳
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