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「ワトソンの推理法修業」 [シャーロック・ホームズ]

このところ続けているシャーロック・ホームズ譚について今回もひとつ。コナン・ドイルが書いたホームズものの原典は "canon" 「正典」と呼ばれることは以前書いたが、前回触れたようなパスティーシュは「外典」 apocrypha とでも呼べるだろうか。

実はドイル本人が、canon に数えられていないホームズ物語の「番外編」を数編書いている。そのひとつ、"How Watson Learned the Trick" は、ごくごく短い作品だが、私のお気に入りだ。

Watson とはホームズの友人ワトソンのことである。ネタばれになるが、ホームズの様子を観察したワトソンが、わずかな手がかりからホームズばりの推理を開陳する。しかし、結局それは間違っていることをホームズが明かす、というもの。

それだけの掌編だが、ワトソンが説明する推理の過程が、いかにも「正典」でホームズが行っているものと似通っていて笑ってしまう。そうした軽い作品であるが、一方で、ホームズの推理の手法を、作者自身がシニカルに描いたもの、ともいえそうだ。

原作者ドイルは、ホームズで名をあげながら、歴史小説などホームズ以外の作品で認められることを熱望し、結局はそれをかなえることができなかった。自分が生み出したホームズ譚に対するドイルの複雑な気持ちが反映されているようにも読める、というのは深読みのしすぎだろうか。

原題にある trick は、一応ここでは「(推理の)方法、やり方、コツ、要領」と考えればよさそうだ。ただ、正典ではそうした場合、method を使っているのを目にしたという記憶がある。この掌編でも "Your methods are really easily acquired." や "give an example of this method of reasoning" という形で出てくる。

一方、trick はこの作品では "how superficial are these tricks of yours" や "a very superficial trick" というように、あまりいい意味では使われていない。確かに「推理の方法、コツ」とはいえ、作者も皮肉をこめてこう呼んでいると考えてもいいのかもしれない。

私が持っている Oxford 版の原書は、この掌編を付録 appendix として収めている。創元推理文庫の新しい全集も、ぜひそうしてほしいと思ったが、調べてみたら同文庫のドイルの短編集にすでに収録されていることがわかった。

その短編集では、タイトルを「ワトスンの推理法修業」と訳しているようだ。「修業」という、一見ものものしい言葉を使って内容との落差を出そうという意図が翻訳者にあったのかどうかわからないが、うまい邦題だと思った。

次回もホームズ譚について書いてみたい。

過去の参考記事:
「緋色の研究」(あるいは「習作」)のこと


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