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オリンピックの「猪瀬発言」 NYタイムズの記事を読む [日本のニュース]

物議を醸した東京都の猪瀬知事の発言を伝える New York Times 紙の記事をネットで読んだ。英文について感じたこと、また発言について考えたことを少し書きたい。

タイトルは、"In Promoting His City for 2020 Games, Tokyo’s Bid Chairman Tweaks Others" となっている。
http://www.nytimes.com/2013/04/27/sports/in-praising-its-olympic-bid-tokyo-tweaks-the-others.html

tweak は「つまんで引っ張る、つねる」 "twist or pull something sharply" ということだが、「揺さぶり」、あるいは「批判」、もっといえば「攻撃」といった意味あいをもたせているのだろうと想像する。

しかし記事は、猪瀬知事の発言について、他の都市を "criticize" した、というような直截的な単語・表現は最後まで使っていない。

つまり「ニューヨーク・タイムズ」としては、猪瀬発言について記事で断定的な決めつけはしていないと主張できるわけである。意図したものかどうかはわからないが、そうだとしたらリスクマネジメントの面で抜かりはない、といえそうだ。もちろん、単なる偶然か私の深読みかもしれない。

先走ってしまったが、記事を最初から見てみよう。tweak という目をひきそうな単語を使った見出しに続いて、すぐに猪瀬発言を伝えるのではなく、2020年のオリンピックに向けて3都市が誘致合戦を続けていること、国際オリンピック委員会が他の候補に対する「悪口」を禁じていることにまず触れる。

そのうえで、立候補した都市は自分の長所を強調することでライバルの弱点を匂わせる手法をよく取ると書いている。原文は

- Instead, the bidders often highlight the perceived strengths of their bids to note delicately what they believe to be their rivals’ shortcomings, something known in the communications industry as counter-positioning.

というもので、こうしたやり方を counter-positioning と呼ぶことがわかる。

ここで猪瀬知事が登場する。知事もそうした手法で東京を売り込んできた、と書いたすぐあとに次のように続けることで、今回の問題発言が対照的に浮かび上がり、より印象づけられるように感じる。

- But Inose has also pushed the boundaries of rhetorical gamesmanship with occasionally blunt and candid statements about how his city compares with the competition

先に書いたように、記事の中に決めつけるような表現は出てこず、発言の意味づけといえそうなのはこの部分くらいではないか。このあと、猪瀬知事の言葉を順次そのまま紹介していくが、これによって、かえって「とんでもない発言だな」と読者に思わせるようにしているようにも感じる。

まず取り上げられるのは、「イスラム圏の国はケンカばかりしていて、共有しているのはアラーだけ、階級もある」という発言。異なる宗教や文化について公の場でコメントすることの重みについては、私が書くまでもないだろう。

猪瀬知事の spokesman が後に語ったとされる「階級に言及する意図はなかった」という説明も紹介される。ちゃんと補足説明も伝えている、ということだろうが、続いて記事が言及するのは、他の都市の悪口を禁じたIOCの the Rules of Conduct for bidders の持つ意味合い、そのルールに抵触することの重大さである。

記事からリンクされているIOCのサイトを見ると、このルールは次のようになっている。口語ではまず使わない shall がいかめしくも厳しさを感じさせる。in all circumstances and at all times とあるのでなおさらだ。

- Article 14 RELATIONS BETWEEN CITIES
Each city shall, in all circumstances and at all times, respect the other cities as well as the IOC members and the IOC itself.
The cities shall refrain from any act or comment likely to tarnish the image of a rival city or be prejudicial to it. Any comparison with other cities is strictly forbidden. (後略)
http://www.olympic.org/Documents/Host_city_elections/FINAL-2020-CPQ-May-2012x.pdf

このあと、さらに猪瀬知事の発言が報じられる。日本文化のユニークさや日本社会の先進性を強調したと取れる内容だ。IOCのルールについての記述のあとで読むことで、発言はライバル都市を respect するものではなく、そのイメージを tarnish している、という印象を読者は抱くのではないだろうか。

記事の締めは、次のようなものだ。ロンドンのふんどしを借りて特権意識を表し、かえって自らの矮小さや卑しさを示しているようにも読めると私が思うのは、これまた深読みが過ぎるか、あるいは日本人にありがちな自虐的な見方だと怒られるか。

- “I don’t mean to flatter, but London is in a developed country whose sense of hospitality is excellent,” Inose told reporters. “Tokyo’s is also excellent. But other cities, not so much.”

このように、記事は猪瀬発言について具体的な意味づけはしていない。ルールに抵触したとはっきり指摘しているわけでもない。論説記事ではないから当然ともいえるが、しかし表現や記事の組み立てを見ると、読んだ人の多くが「問題発言だ」と感じるような形でわざと書いたのではないかと勘ぐってしまう。うまいというか、ずるいというべきか、これが執筆者の筆力・腕の見せどころということか。

こうした感想は私のひとりよがりの深読みかもしれず、的外れかもしれないことを再度お断りしておくが、それはそれとして、私がこのニュースに接した時にまず思ったのは、猪瀬知事が本当にこうした発言をしたかどうかだった。

知事が最初に出したコメントは、「私の真意が正しく伝わっていない。他の立候補都市を批判する意図はなく、インタビューの文脈と異なる記事が出たことは残念だ」というものだった。しかし、これではどんな発言をしたのかわからない。

「文脈と異なる」というが、例えば、実際には「~という人もいるが、私はそうは思わない」と言ったとして、その前半部分だけを本人の考えとして伝えたのだったら、まさに文脈と異なる、ねじ曲げた引用ということになる。そうだったのなら、はっきりとそうだと説明すればいい。また間違って通訳されたならば、日本語でどういったかを具体的に明らかにすべきだろう。しかしコメントにはそうしたことは出てこない。

一方で、私は「ニューヨーク・タイムズ」が書いた日本関連の一部の記事にあまりいい印象を持っていなかったこともあり、「いくらなんでもここまで言うか」という気持ちもあった。

しかし、そうこうしているうちに猪瀬知事は一転して、「不適切で認識が甘かった。撤回して訂正したい。いい教訓になった」と発言を事実上認めて謝罪をしたので、なんだか力が抜けてしまった。

猪瀬氏はもとノンフィクション作家だ。本来なら、言葉の重みがわかっている、あるいはわかっていなくてはいけないはずだ。しかし、今回の言動からは、脇の甘さだけが目につくように感じた。

インタビューをされた側に編集権はないから、どの部分が使われるか自分から指定することはできない。しかも「ニューヨーク・タイムズ」は、日本に厳しい(個人的には曲解ではと感じることもある)記事をいくつも掲載してきたことで知られている。インタビューを受けることが決まった段階で、それなりの覚悟と準備が必要だったはずだ。

「イスラム蔑視」と受け取られかねない発言をしたこと(いや、「受け取られかねない」ではなく、本音だったか)、また、「理解していた」というIOCのルールに対する認識は、やはり甘かったというべきだろうし、発言が報じられた後の対応も褒められたものとはいえまい。

マスコミの興味は、発言が東京のオリンピック誘致に与える影響に集まるのだろうと思うが、私としては、責任ある立場の人間が、対外的に慎重を期すべき事柄について、こうした態度・対応を取ってしまったことが驚きで残念だった。

「国際感覚」という言葉を安易に使いたくないが(そして、イスラム世界を含む非英語圏の人と仕事をする機会が多かった私としては、この言葉をアメリカ中心の見方と同義に使う人がいることを苦々しく思っているが)、自分と異なる文化に接する際のマナーや礼儀、やさしさを考えるうえで、反面教師とすべき騒ぎだったと思う。

タグ:日本語
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kmetko

本当ですね。知事自身の、わが名のもとでオリンピック誘致を成功させたいという気の焦りでしょうか。ユーモアもへったくれもない、知事の姿の見えない、まったく好感の持てない記事でした。

by kmetko (2013-05-02 08:25) 

tempus fugit

kmetkoさま、猪瀬氏がこの問題をついてのツイートを本人の公式サイトに掲載していました。それを読んで再度驚きました。結局、何も見えていないのだな、というのが正直な感想です。
by tempus fugit (2013-05-03 01:10) 

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