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TIME誌は本当に佐村河内守氏を「現代のベートーベン」と紹介したのか [日本のニュース]

音楽を聞いたことはないが佐村河内守氏の名前はよく目にしていたので、今回のスキャンダルには驚いた。きっかけとなった週刊誌の記事を読んだら、「雑誌 TIME では『現代のベートーベン』として紹介された」とあった。そこで原文が読めないかとネットで調べてみた。

検索すると、すぐに見つかった。週刊誌にも書かれているように、氏が世に知られるようになった十数年前、「タイム」の2001年9月15日号の記事で、タイトルは "Mamuro Samuragouchi: Songs of Silence" である。

氏が「現代のベートーベン」と呼ばれていることは知っていた。「全聾の作曲家」である(とされる)ことから半ば自然に出てきたものかと思っていたが、アメリカの雑誌にこう紹介されたことが発端だとしたらおもしろい(なお以下、個人的に書き慣れている「ベートーヴェン」の表記を使うことにする)。

記事のタイトルをよく見ると、名前が「マムロ」となっている(!)。本文を見ると、正しく Mamoru と綴られているが、一方で姓はすべて、タイトルと違って -go のあとは u 抜きで、しかも最後の i がない Samuragoch となってしまっている。「タイム」ともあろうものが、と思うが、こうした点で英語圏のメディアはけっこういいかげんなことがよくある。

それはさておき、記事はまず、ビデオゲームが昔と違って複雑なストーリーやドラマ性を持つようになるにつれBGMも単純な効果音ではすまなくなっている、と指摘したあと、佐村河内氏が「鬼武者」のために作曲した音楽(交響組曲「ライジング・サン」)は、「アラビアのロレンス」など映画音楽の傑作を思わせるほどすばらしい、と激賞している。

そして「実はこの音楽は、耳がほとんど聞こえない作曲家が書いたものだ」と盛り上げたあと、ベートーヴェンを引き合いに出す。

- His condition has brought him a certain celebrity, which he fears may detract from an honest critique of his work. He understands the inspirational appeal of the story of a digital-age Beethoven, a deaf composer who overcomes the loss of the sense most vital to his work.
( ttp://content.time.com/time/magazine/article/0,9171,1000781,00.html )

つまり、TIME の記事に関する限り、「現代のベートーヴェン」は "a digital-age Beethoven" が原語ということになる。

ゲームについての話でもあり digital-age という言葉を筆者は選んだのだろう。「デジタル時代」は「現代」のことだから、そう意訳しても問題はない、とはいえるかもしれない。

しかし、原文の文脈に沿って考えると、「タイム」誌が佐村河内守氏について「『現代のベートーヴェン』と紹介した」というのは、誤解を招きかねないのではないかと思う。

原文は、私の読み方が間違っていなければ、「耳が聞こえない作曲家ということで注目を集めたが、佐村河内氏はそれによって自分の作品がひいき目に評価されることがあっては困ると考えている。”デジタル時代のベートーヴェン”というストーリーが大衆に受けるものであることを本人はしっかり自覚している」というようなことをいいたいのであろう。

つまり、「耳が聞こえないハンディを乗り越えた偉大な作曲家ベートーヴェン」にたとえられることにひそむ危険性について書いているように読めるのだ。

ということで、確かに氏の音楽を称賛しているとはいえ、「タイム」誌はストレートに「佐村河内氏は"現代のベートーヴェン"だ!」と紹介しているわけではない、と言えるように思う。そう書くのは、あまりに乱暴なまとめ方で、単純化しすぎではないだろうか。

参考までに、TIME 誌での紹介は別として、「現代のベートーヴェン」という呼び方は、例えば The Mainichi 紙が

- Mamoru Samuragochi, a deaf composer dubbed a "modern-day Beethoven"

- Samuragochi quickly became popular following TV, newspaper and other media appearances, leading to his nickname as a "modern-day Beethoven."

などと訳していた。

なお、「タイム」の記事は、

- Curiously, Samuragoch believes his hearing loss has made him a better composer. "I am not distracted," he says. "I listen to myself. If you trust your inner sense of sound, you create something that is truer. It is like communicating from the heart. Losing my hearing was a gift from God."

と結んでいる。記事の中で引用されている佐村河内氏のいくつかの言葉とあわせて、今回の暴露が本当ならば、今読むと何とも虚しい気持ちになってくる。

ついでだが、a digital-age Beethoven のような「固有名詞についている不定冠詞」については、これまで何回か取り上げたことがあるが、私自身は理屈ではわかっていても、なかなかとっさには口をついて出てこない用法である。

(参考記事)
冠詞がつく a strong Japan 「強い日本」 

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コメント 4

warterlue

因みに、一般的に米国では、日本ほどクラシック音楽に於るベートーベンの評価は、高くない、ということも付け加えて欲しいと思います。
by warterlue (2014-02-14 10:48) 

tempus fugit

コメントありがとうございました。ベートーヴェンはロックの古典 "Roll Over Beethoven" とか 「サタデー・ナイト・フィーバー」に "A Fifth of Beethoven" という曲があるように、知名度はやはり高いものがあるでしょうね。音楽的な評価は私ごときにはわかりませんが、人気は日本でも以前ほどダントツに高いということはなくなっているように思います。

by tempus fugit (2014-02-16 10:07) 

英語学習者

こんばんは。久しぶりに訪問させていただきました。
このニュースには大変驚き呆れたことでした。NHKの番組を見、著書を読み、CDを買い、・・・というように自分とは異なる次元に生きていることへの感動を(単純に)覚えていたものでしたから、「ゴーストライター」の方が近頃ではテレビのバラエティ番組で「活躍」しているのを見るたびに、複雑な気持ちを抱きます。
最初に引用されたタイム誌の記事の内容はtempus fugitさんの書いてらっしゃる通りだと私も思います。
記事のタイトルの質問の答えは No!となるのですね。初めて知りました。
他の記事もそうですが、知的フットワーク?が素晴らしいですね。
by 英語学習者 (2015-04-10 23:42) 

tempus fugit

英語学習者さん、励みとなるコメントありがとうございました。國弘先生逝去のエントリにいただいたコメントとあわせてお礼申し上げます。勤め人ですので更新はひんぱんにはできませんが、またいらしていただければうれしいです。
by tempus fugit (2015-04-13 23:30) 

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