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「現在」形は「過去」や「未来」も表す [文法・語法]

先日取り上げた表現 bells and whistles で、新年を迎えた瞬間を描写する英文を実例としてあげたが、そこで The New Year had arrived. と書かれているのに何だか感心した。日本語的な発想だと has arrived としたい気分だが、小説は基本的に過去形、ちゃんと前後と時制がそろっている。

その英文をあらためて引用しよう。

- Her eyes widened when she remembered the time, and she glanced at her watch. Five seconds before midnight. Four. Three. Two. One.
Well, the New Year had arrived. And it had come with no bells and whistles. No confetti. No champagne. No resolution or good wishes.
(Donna Clayton: Boss and the Beauty)

ただ、現在時制の用法について「物語などで、出来事を眼前にあるかのように描写する」(旺文社「ロイヤル英文法」)と説明しているのと同じ理屈で、この文も現在完了の形で書いても、特に目くじらを立てる必要はないような気がする。主人公が心に抱いた考えを描写するためならば、その方がより効果的なのではとも思う。

この他にも過去の出来事に現在形を使うことがある。ニュースを聞いていると that 節の中で「時制の一致」を守らないことがあるのは、よくある実例だ。過去であっても、その方が新しい出来事、文字通り「ニュース」にふさわしく聞こえるということであろう。記事の見出しも現在形で、過去形が出てきたら、それは受動態の意味であることがほとんどだ。

また逆に、現在形を未来について使うこともある。上記「ロイヤル英文法」には、「確定的な未来・予定 (a)時刻表やカレンダーなどに関連した記述 (b) 変更のないと思われる予定」と書かれている。

こうした説明や例文については、どの英文法の参考書にも書かれているはずなので参照していただきたいが、「ロイヤル英文法」は、現在時制の項で、簡潔にして要を得た説明を最初に記している。

- 現在時制は、「いま」という現実の時間を中心として、過去または未来を含んだ幅のある時間を表すのがふつうで、「いま」という一瞬を表すことは比較的まれである。

こうした点をおさえておけば、先の「過去あるいは未来の代用」、また「習慣的動作」「反復的な出来事」「真理・社会通念」に使う、といった現在時制の特徴がとらえやすくなるように思う。

余談だが、南アフリカの作家クッツェー J.M.Coetzee は、作品を過去形でなく現在形で書くのが特徴だ。はじめて原文で読んだ時にはすぐには気づかず、あるところでようやく気がついて、「あっ」と思ったものだった。

クッツェーの現在形の使用についてネットを調べてみると、おなじみの Wikipedia には言及がなかったが、「ニューヨーク・タイムズ」の記事が、代表作のひとつ Disgrace (邦題「恥辱」)にからめて、現在形を使うことの意味について次のように書いていて、おもしろいと思った。

- "Disgrace" is, however, written in the present tense, and its title denotes a continuing condition. Disgrace continues. And so do the characters' lives, which at the end of the book remain unresolved and unfinished, their problems and possibilities still open.

This novel stands as one of the few I know in which the writer's use of the present tense is in itself enough to shape the structure and form of the book as a whole.
(http://www.nytimes.com/books/99/11/28/reviews/991128.28gorrat.html)

もうひとつ時制についての余談だが、英語として表現の形式がはっきりしているのに意味的に読み飛ばしやすい落とし穴が、過去完了(大過去)ではないかと思っている。

以前、アメリカのノンフィクション作家が書いた、アメリカ政治についての作品の翻訳を読んでいて、あれっと思ったことがある。

過去に閣僚経験のある政治家が、新たに発足した政権で同じポストに指名される。そして、再び長官に就任した後初めて担当省庁を訪れて中を一巡する、という描写がある。しかし省庁をぐるっと視察しただけにしては、いろいろなことが書かれていて奇異に感じた。

そこで原書を見たら、first tour という表現が目にとまった。翻訳者は tour から「(省庁を)見て回った」と受け取ったのだろうが、この単語には「当番」「勤務期間」という意味もある。そして、この部分のパラグラフでは文章の時制が他と違って過去完了になっていて、さらに昔にさかのぼった出来事を描写していると取れる。

つまり first tour のくだりは、「再び長官のポストに就いた省庁を久しぶりに訪れてひと通り視察して回った」のではなく、「前回1回目の長官在任中」のことを振り返っていると受け取らなくてはいけないのではないだろうか。tour の解釈もそうだが、翻訳者は過去完了を見落としたことで、さらに間違ったと考えざるを得ない。

英語でも、副詞や文脈などから明らかに時間の前後関係がわかる時は過去完了を使わないことがあるが、日本語はそれ以上に「何となく」時制を判断していることが多いと思う。

この「何となく」を英語にも当てはめて接していると、明確に過去完了が使われている上記のような場合でも誤読をしかねない。フィーリングだけの多読だけでは、こうした点に気づかないこともあろうだろう。やはり時にはしっかりと英語を読んでみるなどして、意識をして注意を払う必要があると思う。

(現在形についての参考記事)
結婚式をドタキャン (runaway bride)


ロイヤル英文法―徹底例解

ロイヤル英文法―徹底例解

  • 作者: 綿貫 陽
  • 出版社/メーカー: 旺文社
  • 発売日: 2000/11/11
  • メディア: 単行本


Disgrace

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  • 作者: J. M. Coetzee
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2000/04/06
  • メディア: ペーパーバック


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YUKI

結局地の文は過去形で書くのが一般的で、勢いを出したいところ、不変の真理、習慣などを現在形で書く人が多いのでしょうか?
by YUKI (2020-03-07 22:15) 

tempus_fugit

いろいろとりこんでいてお礼が遅れてすみません。コメントありがとうございました。いろいろ本文で書きましたが、私も英語の専門家ではなく、もちろんネイティブではないので、このへんのところは自信を持って何か言える立場にはありません。どうもすみません。
by tempus_fugit (2020-03-18 23:18) 

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