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fresh water は「新鮮な水」か? (カズオ・イシグロ「日の名残り」) [注意したい単語・意外な意味]

先日取り上げた frisk は、おもしろいことに、由来となっている複数のヨーロッパ言語の単語を介して fresh とつながりがあることを辞書で知った。この fresh について、落とし穴かもしれないと連想したことがあるので書いてみたい。

「フレッシュ」という日本語にもなっているくらいだから、何の変哲のない単語である。「新鮮な」「生きのよい」「できたての」、また「初めての」「新しい」といった意味もある。

だから、fresh water ならば、「新鮮な水」である。

本当にそうだろうか?

次の英文はどうだろうか。かなり前にこのブログでも取り上げたカズオ・イシグロの小説「日の名残り」で見つけて、学習ノートにメモしておいたものだ。

主人公の執事が、ある青年に植物についての話をしたのに対して、返ってきた言葉である。

- I'm more of a fish man myself. I know all about fish, fresh water and salt.
(Kazuo Ishiguro: The Remains of the Day)

青年いわく、「ぼくは魚の方が得意なんだ。魚と新鮮な水、塩のことだったら何でも聞いてくれよ」・・・???

この作品を初めて読んだ時は fresh water を知らなかったので、まさに「?」と思ったが、ひと呼吸おいて「この fresh とはこういうことだろう」と文脈から想像して辞書で確かめたら、その通りだった。

- (通例限定的)(水などが)塩気のない(⇔salt)
(ランダムハウス英和大辞典)

つまり青年は、「淡水魚と海水魚、どちらにも詳しい」と言っているわけである。なお「海水魚」をちゃんと言う場合は saltwater fishsea fish となる。

おもしろいと思ったのは、複数の英和辞典が fresh water とならんで fresh butter 「無塩バター」を載せている一方で、英語圏の辞書は(少なくとも私の見た範囲では)どれも上記のように of water、つまり「水限定」と受け取れる記述をしていることだ。

そこで「無塩」を和英辞典で引くと、unsalted とか salt‐free があげられている。先の英和辞典の用例は適切なのだろうか、と思ってしまうが、私には断言できない。誤解を避けるためには unsalted butter などを使った方が安全ではないかと考えたしだいである。

また、果たして fresh water は「新鮮な水」という意味では使わないのか、という別の疑問もわく。言葉は常に内容・文脈に即してとらえなければならない。ただ、こちらも誤解されそうなら clear や clean などを使うか重ねるかした方が安全だろう。日本語でいう「新鮮」とは、英語的には結局そうした形容詞の意味だと考えてしまっていいような気もする。

そういえば以前、funny が持つ2つの意味を明確にしたい場合のために、funny ha-ha or funny peculiar という言い方があることについて書いたことがある(→「ファニー・フェイス」と2つの funny)。fresh についてもこうした表現がないかとネットを調べたが、見つからなかった。もしあるのだったら、ご存知の方はご教示いただけたら幸いである。ある別の単語についてはそうした言い回しがあることを知っているのだが、これについては次回以降のネタとして取っておくことにしよう。

さて、日系イギリス人作家カズオ・イシグロの The Remains of the Day は、純文学をあまり読まない私が珍しく偏愛しているもので、これまで何度か読みかえしているが、本当にすばらしい作品だ。

The Remains of the Day

The Remains of the Day

  • 作者: Kazuo Ishiguro
  • 出版社/メーカー: Faber & Faber
  • 発売日: 2010/04/01
  • メディア: ペーパーバック

主人公の老執事が車でイギリスの田園地帯を旅しながら過去を淡々と回想する(だけの)一人称形式の物語だが、過ぎ去りし時代への想いや人生観照が織り込まれ、そこはかとないユーモアあり苦さあり、涙があり、希望もある。一方で分析的に読むと、執事が記憶を理想化している部分が浮かび上がってくるという仕掛けも味わえる(イシグロは unreliable narrator 「信頼できない語り手」の手法が得意だ)。

そして、凝った単語や表現はほとんど使わず平易であると同時に、これほどまでに美しい英語を紡ぎ出していることが驚異的である。

イシグロはまもなく新作を刊行するが、これまで読んだ中では、一般には人気の高い Never Let Me Go (邦題「私を離さないで」)以上に、この「日の名残り」が、私にとってはもっとも心にしみ入るイシグロの最高傑作だ。

今回の fresh に戻って、英語圏の辞書で意味を再確認してみよう。

- [before noun] (of water) not salty:
Trout are fresh water fish (= live in water that is not salty).
These plants are found in fresh water lakes and rivers (= those containing water that is not salty).
(Cambridge Advanced Learner's Dictionary)

- (Of water) not salty:
all the fresh water in the world’s lakes
The lake water is fresh near the surface, but remains salty at the bottom.
(注・この例文は「通例」とされる限定的用法 before noun でないのがおもしろい)
(Oxford Dictionaries)

以下はおまけで、水がらみの英語について調べたことや連想したことを書こう。

辞書を見ると freshwater という一語の形容詞があり、「淡水の」の他に、船員について「(淡水航行だけで)海上では新米の、海洋航行に不慣れな」「川や湖の航行だけに慣れた」という意味も載っていた。廃語として、かつて「未熟な、経験に乏しい」という意味もあったそうだ。

また、salt の反対ということか、sweet water としても「真水」の意味になると辞書にある。

potable water は「飲用に適した水、飲料水」つまり drinking water のことだが、portable と聞き違えると「携帯用の水のことか」と誤解しかねないだろう。第1音節の母音は /ou/ である。間違えるといえば、fresh water は必ずしも potable とは限らないことになるので、確かめずに飲んで腹を下さないように注意したい。

携帯できるボトル入りの水は bottled water といえばいいだろう。なお「水道水」なら tap water になる。

そういえば英語学習を始めてしばらく経った頃、童謡の "Jack and Jill went up the hill to fetch a pail of water." を学んだが、pail (bucket) of water は使われる機会がだいぶ減っているのではないだろうか。

過去の参考記事:
カズオ・イシグロの英文を味わう (「日の名残り」「浮世の画家」)
カズオ・イシグロの「日の名残り」~映画と小説


日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

  • 作者: カズオ イシグロ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2001/05
  • メディア: 文庫


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