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「心肺停止状態」は英語で何といえばいいのか [和英表現]

新幹線での焼身自殺の巻き添えで女性が心肺停止状態になり、その後死亡した。何ともいたましく、腹立たしい出来事だが、この「心肺停止状態」は、事故や災害があるとよく耳にする言葉だ。英語では何というのだろうか。

「和英辞典を見ればいいじゃないか」という声にお応えすると、cardiopulmonary arrest とか cardio-respiratory arrest とある。この arrest は動詞として以前取り上げたことがあるが(→「逮捕する」ではない arrest)、まさに「停止状態」というような意味である。

これで終わりにしてもいいのだが、私自身が目指し心に思い描いている英語の「上級者」とは、単にこうした単語をいろいろ知っているということではない(一方で、語彙は多ければ多いほどいいというのが持論であることは、これまで何回か書いた通りではあるが)。そこで「英語で何というか」というより「何といえばいいか」について、もう少し考えてみたい。

あくまで個人的な印象だが、英語圏のメディアが報じる事故や災害の記事では、上にあげた cardio~はどちらもそれほど目にする単語ではないように感じている。

ためしにウェブで "cardiopulmonary arrest" を関係のありそうな単語と組み合わせて検索してみた。ヒットの結果をつぶさに調べたわけではないので断言はできないが、やはり日本の警察消防やマスメディアが使う「心肺停止状態」ほど、事故などについてひんぱんに使用する単語とはいえないのではないかと思った。

それは間違っているかもしれないが、いずれにせよ、日本人の英語学習者でこの言葉がすっと出てくる人は少数派だろう。1対1で言葉を結びつける単語の覚え方ばかりをしていると、こうした表現をしたい時は苦しい。そこで、意味を伝えることでうまく切り抜けるのが次善の策となる。

去年の御嶽山の噴火を伝えるロイター通信の記事は、その点で参考になりそうだ。タイトルを本文の一部とともに引用しよう。

- At least 31 feared dead near peak of Japanese volcano

Police said the 31 were found in "cardio-pulmonary arrest", but declined to confirm their deaths pending a formal examination, as per Japanese custom.
(Reuters, Sep 28, 2014)

見出しで feared dead として "cardiopulmonary arrest" が要はどういうことかを先に示しているので、この単語を知らなくても何を言いたいのかはわかるだろう(引用符をつけているのは、引用であることを示すとともに、認知度が低いという意味もあるのだろうか)。またここに書かれている「死亡確認」をめぐる日本の慣行についての補足的説明も役に立つ。ついでに pending は until、as per は according to と同じような意味である。

今回の新幹線での事故(というより事件)はどうだったかウェブで調べたが、発生直後の英文記事は仮に出ていたとしても更新されて消えたのかなかなか見つからず、またcardio~を使った事例も見当たらなかったが、feared dead を使った日本のメディアの英文はあった。

- A man died after setting fire to himself on a shinkansen bullet train Tuesday, and a female passenger is also feared dead after the train made emergency stop in southwest of Tokyo, local firefighters and police said.
("1 man dies, woman feared dead in fire aboard shinkansen" Kyodo, June 30 2015)

では「心肺停止状態」は逐語的でないことに目をつぶれば feared dead と表現すればいい、といってしまっていいだろうか。実例もあるから間違いではないだろうが、私としてはそれだけで満足したくない。

「心肺停止状態」とは、「虫の息」の「息」もない状態であるのは確かだ。しかしここで(feared~と断った上だとしても) dead という言葉を使うことには、上記 Reuters の補足説明ではないが、日本人たる私はためらいを感じてしまうのである。

それはネイティブの感覚や発想ではないのかもしれないが、私は英語を使うのであっても、自国の文化で育んだ考え方や感性を曲げてまで英語圏のそれに合わせるつもりはさらさらない。

脱線したが、そこでさらに次なる方法として、cardiopulmonary arrest といった言葉を医学関係のサイトや英英辞典がどう説明しているか、という言い換えを調べてみる手があるだろう。例えば sudden, unexpected loss of heart function, breathing and consciousness としている例があった。

他にも言い方はあるだろうし、良いお考えのある方はぜひご教示いただきたいが、こうした単語を使った表現なら、がんばれば自分でも言えるようになりそうだと感じる。feared dead より、もう少しそれらしく聞こえるのはもちろんである。

そして、このような説明を自分の力で考え出し、会話などの自己表現に苦労なく活用できるようになることが、上級者に至るひとつの条件だといえるのではないかと思う。あるレベルに達したら英英辞典の活用を勧める先生や達人が多いのもうなずける。

ついでだが、「国際英語」というものがあるとすれば、それは発音がネイティブとくらべてどうか、文法の間違いをどこまで認めるか、ということよりも、英語圏の発想や文化にとらわれるのでなく、かつ英語圏・非英語圏いずれの人にも自分の思いを理解してもらえる言葉の使い方を指すべきものと個人的には思っている。

なお cardiopulmonary について付記すると、検索で arrest との組み合わせはあまり見当たらなかったが、事故や災害について海外メディアが使っていた例で目についたのは、cardiopulmonary resuscitation 「心肺蘇生」という言葉だった。

次は、「バットマン」の映画「ダークナイト」 The Dark Knight で宿敵ジョーカーを怪演したヒース・レッジャーが薬物中毒で死亡した時の CNN の記事にあった一節である。動詞は perform が使われている。

- At 3:26 p.m., Wolozin called 911 and told authorities Ledger was not breathing. While on the phone with dispatchers, Wolozin tried to perform cardiopulmonary resuscitation on Ledger, but he was unresponsive.
("Ledger's death caused by accidental overdose" Feb. 28, 2008)

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コメント 3

7

tempus fugit様
先程の7です。

なるほど,cardio pulmonary arrestはすぐに思い浮かびますが,fear deadは,すぐに思い浮かびませんね。さすがです。
これでまた1つ,知識を深めることができて,よかったと思っております。それではまた,いつかlively discussionもう一度を楽しめることを楽しみにしております。

by 7 (2016-02-27 15:39) 

tempus fugit

7さん、「cardiopulmonary arrestはすぐに思い浮かぶ」というのは、私には到底ムリで、すばらしい語彙力ですね。やさしい言い方のほうが、かえって思いつかないということもあるのかもしれませんね。
by tempus fugit (2016-02-28 09:44) 

Keeyo

2016年2月ころから拝見するようになりました。
先日初めてコメントさせていただきました。
自分の投稿は、表示されないことを希望いたします。

辞書で調べ直訳した言葉をたくさん覚え、自分はとてもいい通訳者(翻訳者)であるとかなりベテランの方でも誤解している方々が多いことを憂いており、横のものを縦にしただけでは訳とは言えない、と私も常々思っているものです。私自身としてはそうはなりたくないとの希望だけはもっておりますがまだまだ程遠い状態です。tempos fugit様の姿勢に共感する次第です。

ジャーナリズムで言う「心肺停止状態」とは、救急隊が発見した時にはほぼ確実に死亡しているが、医師によって死亡が宣告されていない場合に使う用語です。「死亡」は医師だけが宣告できるものなので、救急隊の判断では「死亡」は宣告できないわけです。雪山の中で数日後見つかっても心肺停止状態で発見、となるわけです。医学用語での訳はもちろん"cardio-pulmonary arrest"を使います。(医者に確認済)

feared deathとは英語ではGooleすると、遺体が見つかっていないが、周りの状況から(飛行機が爆破された、船が沈没して数日経っているなど)おそらく死亡している、というニュアンスのように受け取りました。

日本のジャーナリズムが使う「心肺停止状態」の被害者はおそらくは英字新聞では「死亡」と書かれるのではないかと想像するのですが。引用されている記事は丁寧に日本の記事を訳したものと理解いたしました。

ところで、これは、表示されないと理解しまして、さらに書きますと、pit(種の方)の件。

わたしはstone(nもvも)をすぐに思い出したので、OBUILDを見てみましたら、stoneは主に英、pitは主に米でした。勉強になりました。

今後も、ブログにお寄りしていろいろ勉強させていただきます。

by Keeyo (2016-03-10 00:03) 

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