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Hoover 「電気掃除機」 [固有名詞にちなむ表現]

前回は商標である Taser (スタンガンの一種)を取り上げたが、同じように製品を知らないと意味がわからない単語として Hoover を連想した。イギリス英語で「電気掃除機」(vacuum cleaner) を指す。由来となったフーヴァー社の製品だけでなく、一般的な名詞として使われている。

私がこの言葉を知ったのは、イギリスの作家ジョン・ル・カレの「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」である。この名作スパイ小説を原作にして作られた映画(ゲイリー・オールドマン、ベネディクト・カンバーバッチ出演)が、日本では「裏切りのサーカス」という不可思議な題名で公開されたことは以前書いたことがある(→clear and present danger 「今そこにある危機」

イギリスの諜報機関(所在地の名前にちなんで通称は「サーカス」)を引退した主人公ジョージ・スマイリーが、かつて一緒に働いていた女性の元調査官を訪れる。元同僚はやってきたのがスマイリーだとすぐにはわからず、掃除機のセールスマンかと思ったと言う。

- "Why you lovely darling man, I thought you were selling me a Hoover bless you and all the time it's George!"
(Tinker Tailor Soldier Spy by John le Carre)

同じ小説の別の所でも出てきた。スマイリーと同僚が、行方を追っている男とみられる人物の所在を突き止めた時の会話。

- "Want me to check?"
"How will you do that?"
"Bang on his door. Sell him a Hoover, get to know him socially."
(ibid.)

Wikipedia によると、おもしろいことにフーヴァー社はアメリカ・オハイオ州で創業した会社だが、20世紀の前半にイギリスで電気掃除機の代名詞になるほど製品がヒットしたそうだ。

- The Hoover Company started out as an American floor care manufacturer based in North Canton, Ohio. It also established a major base in the United Kingdom and for most of the early-and-mid-20th century, it dominated the electric vacuum cleaner industry, to the point where the "Hoover" brand name became synonymous with vacuum cleaners and vacuuming in the United Kingdom and Ireland.
( https://en.wikipedia.org/wiki/The_Hoover_Company )

Wikipedia は下記のように普通名詞としては小文字の hoover と表記している。また動詞 (to vacuum) としても使えるという。

- In the UK and Australia the term "hoover" (properly as a common noun) has long been colloquially synonymous with "vacuum cleaner" and the verb "to vacuum" (e.g., "you were hoovering the carpet"), referring to the Hoover Company's dominance there during the early 20th century. Despite Hoover's no longer being the top seller of vacuum cleaners in the UK, the term "hoover" has remained as a genericised trademark.
(ibid.)

イギリス英語の一般語彙にはなったものの、ここに書かれているように、フーヴァーの掃除機自体はもはや昔のように市場を独占していることはないという。そのお株を奪ったのが、サイクロン式掃除機で日本でも有名になった、かのダイソン Dyson だったそうだ。

ところで、「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」の訳書(数年前に出た「新訳版」)では、ひとつ目の Hoover は「電気掃除機」だが、ふたつ目は「雑誌」を売りつける、となっている。

ウェブで検索してみると、確かに Hoover's Magazine というサイトが存在する。しかしこれはアメリカのアラバマ州で出ており、40年前に発表されたイギリスが舞台の小説の中でセールスマンが戸別訪問して売り込んだものとは思われない。

原文でも単純に書かれているだけであり、ストーリーの鍵になるわけでもない2つの sell a Hoover が異なるものを指すとは考えにくく、なぜこうした訳になっているのかわからない。私は別の翻訳者による旧訳(絶版)も持っているが、そちらは両方とも「電気掃除機」となっていた。

現行の「新訳版」は、意味がわからない言葉や疑問を持つ訳語が目につくほか、Hoover 以外にも訳語の統一がとれていない言葉がある。複数の人が下訳に関わったうえ、その後の訳文チェックと統一が不十分だったのでは、と思わざるを得ない。名作だけに残念なことである。

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タグ:翻訳・誤訳
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