elder-brother figure 「兄のような存在」 [単語・表現]
英語には「兄」「弟」を指す単一の言葉がない。日本と違って年齢を気にしない文化・社会だという指摘もよく聞く。確かにそうした特徴があるだろうが、ペーパーバックを読んでいたら elder-brother figure という表現が出てきて、おもしろいと思った。
綴りからわかるように、イギリスについての本に出てきたものだ(アメリカ英語ではふつう elder の代わりに older を使うという)。第2次世界大戦から冷戦期、イギリス秘密情報部 MI6 の幹部だった Kim Philby が、実はソ連のスパイだったという大スキャンダルを描いたノンフィクションである。彼が流した情報のため消された西側の工作員は数知れないといわれている。
フィルビーには MI6 の同僚 Nicholas Elliott とCIA の James Angleton という2人の親友がいた。フィルビーがアメリカ人のアングルトンと知り合ったのは1940年代はじめ、黎明期にあったアメリカの情報機関に対し、先輩格の MI6 は諜報活動についてさまざまな指導をしたが、それがきっかけだった。その頃エリオットはヨーロッパで活動していてフィルビーの近くにはいなかった。以下はそんな状況を書いている。
- The two men (= Philby and Angleton) became patron and protégé, the expert and the prodigy. 'Philby was one of Angleton's instructors, his prime tutor in counter-intelligence; Angleton came to look up to him as an elder-brother figure.' Philby enjoyed having acolytes, and Angleton may have filled a gap left by Nicholas Elliott's absence.
(A Spy Among Friends by Ben Macintire)
アングルトンにとってフィルビーという人物が単なる先生役にとどまらない意味を持つようになっていったことが伝わってくる。言葉のうえでは兄・弟を区別しないのが英語圏の文化ではあるが、「年上の兄弟」という捉え方がまったくないというわけではあるまい。一方で、日本のような兄・弟の呼び分けはふだんしないからこそ、elder-brother figure というと心理的な意味あいがいっそう強いのではないかと思ったりもする。
このへんはもっと実例を調べてみるとおもしろいことがわかりそうだが、言葉というより文化論、あるいはまさに心理学の範疇のように感じられ(実際にそんな研究があってもおかしくなさそうだ)、自分の手に余るテーマだろう。同じ英語圏でもイギリスとアメリカでは違っているかもしれない。
いずれにせよ余裕もないので今回は上記の引用にとどめておくが、詳しいことをご存知のかたは教えていただければうれしい。
さて、キム・フィルビーは後年スパイ疑惑をかけられたが、それをうまく切り抜けた。決定的な証拠がなかったこともあるが、その頃にはそれぞれの諜報機関で重要な地位についていたエリオットとアングルトンが「フィルビーがそんな人物であるはずがない」と擁護したのも大きかった。
さらに後年、もっと決定的な証拠が見つかったが、フィルビーは直後にソ連に亡命し、そこで一生を終えた。今回読んだノンフィクションは、フィルビーが長年交流を続け、同時に人生をかけて欺き続けた2人の親友を通してイギリス現代史に残るスキャンダルを描いたもので、何なる「スパイもの」にとどまらない人間ドラマを堪能できた。
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綴りからわかるように、イギリスについての本に出てきたものだ(アメリカ英語ではふつう elder の代わりに older を使うという)。第2次世界大戦から冷戦期、イギリス秘密情報部 MI6 の幹部だった Kim Philby が、実はソ連のスパイだったという大スキャンダルを描いたノンフィクションである。彼が流した情報のため消された西側の工作員は数知れないといわれている。
フィルビーには MI6 の同僚 Nicholas Elliott とCIA の James Angleton という2人の親友がいた。フィルビーがアメリカ人のアングルトンと知り合ったのは1940年代はじめ、黎明期にあったアメリカの情報機関に対し、先輩格の MI6 は諜報活動についてさまざまな指導をしたが、それがきっかけだった。その頃エリオットはヨーロッパで活動していてフィルビーの近くにはいなかった。以下はそんな状況を書いている。
- The two men (= Philby and Angleton) became patron and protégé, the expert and the prodigy. 'Philby was one of Angleton's instructors, his prime tutor in counter-intelligence; Angleton came to look up to him as an elder-brother figure.' Philby enjoyed having acolytes, and Angleton may have filled a gap left by Nicholas Elliott's absence.
(A Spy Among Friends by Ben Macintire)
アングルトンにとってフィルビーという人物が単なる先生役にとどまらない意味を持つようになっていったことが伝わってくる。言葉のうえでは兄・弟を区別しないのが英語圏の文化ではあるが、「年上の兄弟」という捉え方がまったくないというわけではあるまい。一方で、日本のような兄・弟の呼び分けはふだんしないからこそ、elder-brother figure というと心理的な意味あいがいっそう強いのではないかと思ったりもする。
このへんはもっと実例を調べてみるとおもしろいことがわかりそうだが、言葉というより文化論、あるいはまさに心理学の範疇のように感じられ(実際にそんな研究があってもおかしくなさそうだ)、自分の手に余るテーマだろう。同じ英語圏でもイギリスとアメリカでは違っているかもしれない。
いずれにせよ余裕もないので今回は上記の引用にとどめておくが、詳しいことをご存知のかたは教えていただければうれしい。
さて、キム・フィルビーは後年スパイ疑惑をかけられたが、それをうまく切り抜けた。決定的な証拠がなかったこともあるが、その頃にはそれぞれの諜報機関で重要な地位についていたエリオットとアングルトンが「フィルビーがそんな人物であるはずがない」と擁護したのも大きかった。
さらに後年、もっと決定的な証拠が見つかったが、フィルビーは直後にソ連に亡命し、そこで一生を終えた。今回読んだノンフィクションは、フィルビーが長年交流を続け、同時に人生をかけて欺き続けた2人の親友を通してイギリス現代史に残るスキャンダルを描いたもので、何なる「スパイもの」にとどまらない人間ドラマを堪能できた。
A Spy Among Friends: Philby and the Great Betrayal
- 作者: Ben Macintyre
- 出版社/メーカー: Bloomsbury Publishing PLC
- 発売日: 2015/03/12
- メディア: ペーパーバック
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