high and mighty 「傲慢な」「威張った」 (カズオ・イシグロ 「日の名残り」) [読書と英語]
ノーベル賞受賞をきっかけに、日系イギリス人作家カズオ・イシグロの代表作 The Remains of the Day (邦題「日の名残り」)を再読したことについて前回書いたが、今回目にとまった high and mighty という表現を取り上げてみたい。
物語の語り手(主人公)である執事に女中頭が食ってかかっている場面である。2人が仕えている貴族が、ユダヤ人の女中を突然解雇すると決めた。女中頭が、いくら主人の決定であってもとうてい承服できないと執事に訴える。
主人公が彼女を諌めて言ったのが、
- Miss Kenton, let me suggest to you that you are hardly well placed to be passing judgement of such a high and mighty nature. The fact is, the world today is a very complicated and treacherous place. There are many things you and I are simply not in a position to understand concerning, say, the nature of Jewry. Whereas his lordship, I might venture, is somewhat better placed to judge what is for the best.
(The Remains of the Day by Kazuo Ishiguro)
私は、「主人が下した”高度な”判断について、あれこれ言う立場にはない」というようにとらえた。これまで何度か読んだ作品だが、以前もそう考えたと思う(もちろんこうした細かい点について記憶はないが)。
ただ今回はすぐに、この high and mighty は成句ではないかと思った。多少英語を読み慣れてくると、少しはカンのようなものが養われてくる。そんな例といえるだろうか。
辞書をひくと、その通りだった。
- informal Thinking or acting as though one is more important than others.
Who did she think she was, coming all high and mighty with me?
(Oxford Dictionaries)
- in a self-important, grandiose, or arrogant manner:
They talk high and mighty, but they owe everyone in town.
Now don't go getting all high and mighty on me.
(Dictionary.com Unabridged based on the Random House Dictionary)
まとまったフレーズではというカンは当たっていたものの、一方であれっと思った。この定義だと先の自分の解釈とは合わないではないか。
つまり high and mighty が「高度な」判断ではなく「生意気な」判断、ということならば、貴族の下した判断ではなく貴族の決定に対する他人の判断を指す、というように取らないと語義に沿わない。
あらためて judgement of such a high and mighty nature を考えてみる。前置詞が of ということは a high and mighty nature は judgement とイコールの関係ということになりそうだ。これと違って「~についての判断」といいたいなら、前置詞は of ではなく on とか over となるのではないか。
そうであれば、やはりここは「ユダヤ人女中を解雇するという主人の”高度な”判断」ではなく、「主人の決定は不当だとする女中の”傲慢な”判断」という意味になるのではないか(忠実者の執事が主人の判断について「傲慢」と言うことはありえない)。つまり、私の最初の解釈は間違っていたことになる。
この作品には邦訳がある。私は持っていないが、それで確かめてみようと思って何軒か書店に寄ってみた。
しかしノーベル賞受賞のためだろうか、イシグロの本はどこも売り切れだった。出版社は大増刷をしたそうだが、それでも売り切れてしまうほどの人気らしい。
期待せずに古本屋をのぞいたら、幸い1冊置かれていたのでページを繰った。該当部分は次のようになっていた。
- ミス・ケントン。あなたに一言申し上げておきたい。このように大きな、次元の高い問題について、あなたは的確な判断を下せる立場にはありますまい。今日の世界は複雑な場所です。いたるところに落とし穴が口をあけています。たとえばユダヤ人問題にしても、あなたや私のような立場のものには、理解できないことがいくつもあるのです。私どもに比べれば、ご主人様のほうが、いくぶんなりともよい判断を下せる立場におられるとはいえませんか?
(「日の名残り」 カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳)
これを読んで「あれっ」と思ったが、翻訳者も、judgement を貴族が下した判断、決定ととらえているようだ。原文にはない「的確な」という言葉もつけ加えてもいる。
この日本版は名訳という高い評価を得ていると聞いていることもあり、high and mighty をどう解釈すべきなのか、私も再度考えがぐらついてしまった。お詳しい方がいらしたらご教示いただければ幸いである。
ついでだが、今回引用した原文の judgement はイギリス綴りで、アメリカ英語では judgment となる。なぜ e が落ちるのか、なんとなく不思議だ。
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物語の語り手(主人公)である執事に女中頭が食ってかかっている場面である。2人が仕えている貴族が、ユダヤ人の女中を突然解雇すると決めた。女中頭が、いくら主人の決定であってもとうてい承服できないと執事に訴える。
主人公が彼女を諌めて言ったのが、
- Miss Kenton, let me suggest to you that you are hardly well placed to be passing judgement of such a high and mighty nature. The fact is, the world today is a very complicated and treacherous place. There are many things you and I are simply not in a position to understand concerning, say, the nature of Jewry. Whereas his lordship, I might venture, is somewhat better placed to judge what is for the best.
(The Remains of the Day by Kazuo Ishiguro)
私は、「主人が下した”高度な”判断について、あれこれ言う立場にはない」というようにとらえた。これまで何度か読んだ作品だが、以前もそう考えたと思う(もちろんこうした細かい点について記憶はないが)。
ただ今回はすぐに、この high and mighty は成句ではないかと思った。多少英語を読み慣れてくると、少しはカンのようなものが養われてくる。そんな例といえるだろうか。
辞書をひくと、その通りだった。
- informal Thinking or acting as though one is more important than others.
Who did she think she was, coming all high and mighty with me?
(Oxford Dictionaries)
- in a self-important, grandiose, or arrogant manner:
They talk high and mighty, but they owe everyone in town.
Now don't go getting all high and mighty on me.
(Dictionary.com Unabridged based on the Random House Dictionary)
まとまったフレーズではというカンは当たっていたものの、一方であれっと思った。この定義だと先の自分の解釈とは合わないではないか。
つまり high and mighty が「高度な」判断ではなく「生意気な」判断、ということならば、貴族の下した判断ではなく貴族の決定に対する他人の判断を指す、というように取らないと語義に沿わない。
あらためて judgement of such a high and mighty nature を考えてみる。前置詞が of ということは a high and mighty nature は judgement とイコールの関係ということになりそうだ。これと違って「~についての判断」といいたいなら、前置詞は of ではなく on とか over となるのではないか。
そうであれば、やはりここは「ユダヤ人女中を解雇するという主人の”高度な”判断」ではなく、「主人の決定は不当だとする女中の”傲慢な”判断」という意味になるのではないか(忠実者の執事が主人の判断について「傲慢」と言うことはありえない)。つまり、私の最初の解釈は間違っていたことになる。
この作品には邦訳がある。私は持っていないが、それで確かめてみようと思って何軒か書店に寄ってみた。
しかしノーベル賞受賞のためだろうか、イシグロの本はどこも売り切れだった。出版社は大増刷をしたそうだが、それでも売り切れてしまうほどの人気らしい。
期待せずに古本屋をのぞいたら、幸い1冊置かれていたのでページを繰った。該当部分は次のようになっていた。
- ミス・ケントン。あなたに一言申し上げておきたい。このように大きな、次元の高い問題について、あなたは的確な判断を下せる立場にはありますまい。今日の世界は複雑な場所です。いたるところに落とし穴が口をあけています。たとえばユダヤ人問題にしても、あなたや私のような立場のものには、理解できないことがいくつもあるのです。私どもに比べれば、ご主人様のほうが、いくぶんなりともよい判断を下せる立場におられるとはいえませんか?
(「日の名残り」 カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳)
これを読んで「あれっ」と思ったが、翻訳者も、judgement を貴族が下した判断、決定ととらえているようだ。原文にはない「的確な」という言葉もつけ加えてもいる。
この日本版は名訳という高い評価を得ていると聞いていることもあり、high and mighty をどう解釈すべきなのか、私も再度考えがぐらついてしまった。お詳しい方がいらしたらご教示いただければ幸いである。
ついでだが、今回引用した原文の judgement はイギリス綴りで、アメリカ英語では judgment となる。なぜ e が落ちるのか、なんとなく不思議だ。
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タグ:カズオ・イシグロ
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Tempus fugit様
このエントリを見て、シンディ・ローパーの曲を思い出しました。
https://youtu.be/L_JSnPnRzX0
by Kawada (2017-10-21 10:20)
Kawadaさん有難うございました。シンディ・ローパーはほとんど聞かないので、この曲は知りませんでした。参考になりました。
by tempus fugit (2017-10-22 01:10)