ride off into the sunset 「ハッピーエンドで夕日に向かって走れ!」 (映画「ブレードランナー」) [映画・ドラマと英語]
ハリソン・フォードが主演した「ブレードランナー」はSF映画の金字塔として名高い作品で、前に書いたことがあるように、私も35年前の公開時以来何度も観ている。その製作舞台裏を描いた本 Future Noir: The Making of Blade Runner を読み終わった。
この「メイキング」本はずっと前に初版が出たが、去年、続編の Blade Runner 2049 が製作・公開されたのにあわせてアップデートした改訂第3版が出版されたので、読んでみた。ペーパーバック版で620ページ超あり(私が購入したのは同じ内容のkindle版)、読書時間はほぼ通勤電車に限られたので1か月半かかった。
なおタイトルにある noir は「黒」を意味するフランス語に由来し、「フィルム・ノワール」として日本語にもなっているが、ダークな雰囲気を持つ映画や小説などに使われる。Future Noir は、ディストピア的な近未来を描いた「ブレードランナー」の特徴にふさわしい。
今回はこの本から ride (off) into the sunset という表現を取り上げたい。著者が何度も繰り返し使っていたので、否応なく覚えてしまったのである。
実例を引用する前に、背景説明を書いておこう。「ブレードランナー」は試写段階で「エンディングがあまりに暗い」と不評だったので、急きょ”ハッピーエンド”を作って付け足し、劇場公開版とした。
ところが公開されると、この付け足し部分が唐突で違和感があるとして、一部からかえって不興を買ってしまった。私も当時観て、「ヘンな終わり方だなあ」と感じた(といっても、そもそも映画全体が時代を先取りしたブッ飛んだ内容だったので、そこだけ特に「ヘン」と思ったわけではなかったのだが)。
その後、DVDとして出た”最終版”は、結局このハッピーエンディングを削除してしまったという、いわくつきの付け足し部分である。
こうした予備知識を書いたうえで、何度も出てきた実例から、2か所を引用しよう。なお Sneaks とは sneak preview (映画の内容を知らせずに行う”覆面試写会”)、tack on は「付け足す、余分に加える」という意味である。
- The confusion generated by the Dallas and Denver Sneaks also resulted in yet another last-minute and much-maligned element being inserted into Blade Runner’s original theatrical release--its so-called “happy ending” (or “Ride Into the Sunset”).
(Future Noir: The Making of Blade Runner Revised & Updated Edition by Paul M. Sammon)
- Tell me your memories of shooting what I call the ride into the sunset. The faux happy ending that was tacked on to the original theatrical release.
(ibid.)
ということで、「ハッピーエンド」を指す表現である。西部劇で、難題を解決してめでたしめでたしの大団円を迎え、登場人物が馬に乗って夕日に向かって去っていく、というイメージだろう。
辞書には動詞の to ride off into the sunset の形で出ていて、ride の代わりに go, head, drive, walk, sail も使えるとある。
日本でも、登場人物が夕日に向かって駆けていくラストシーンが青春ドラマなどでおなじみだが(といっても、本当にこうした場面はあったのだろうか、どうも思い出せない)、こうしたベタな発想は文化を越えているのかもしれない。
「ブレードランナー」は公開当時、ハリソン・フォード主演という期待を裏切る「わけのわからない映画」として不評だったが、その後じわじわと人気が出て、今では名作との評価を揺るぎないものにしている。
公開後10年後に作られた”最終版”では、ハッピーエンドの削除など数点の(しかし重要な)変更も施されたが、最初の劇場公開版もあらためてDVD化されたほどだ。
私も最初に劇場で観た時は、圧倒的な映像イメージに驚きつつも、一度では把握し難い内容に「何だこれは?金返せ!」と思ったが、数か月経って、突如「またあの映画を観たい」という気持ちに襲われた。
レンタルビデオで扱われるようになってすぐ借りたし、その後、レーザーディスク、DVD、そしてブルーレイと、散財を繰り返している、困った作品だ。それでも何度観ても飽き足りない。私だけでなく、多くの人がそんな気分になったからこそ、こんな”奇跡の復活”を遂げたのだろう。
それだけに、去年公開された「ブレードランナー2049」は(評価する声もあるが)やはり「柳の下に二匹目のドジョウはいない」と思わされた出来で残念だったが、書くと長くなるので、別の機会に譲りたい。
「ブレードランナー」関連の過去の記事:
・gibberish 「ちんぷんかんぷん」
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2013-08-02
・mishmash 「ごたまぜ」
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2013-08-19
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この「メイキング」本はずっと前に初版が出たが、去年、続編の Blade Runner 2049 が製作・公開されたのにあわせてアップデートした改訂第3版が出版されたので、読んでみた。ペーパーバック版で620ページ超あり(私が購入したのは同じ内容のkindle版)、読書時間はほぼ通勤電車に限られたので1か月半かかった。
なおタイトルにある noir は「黒」を意味するフランス語に由来し、「フィルム・ノワール」として日本語にもなっているが、ダークな雰囲気を持つ映画や小説などに使われる。Future Noir は、ディストピア的な近未来を描いた「ブレードランナー」の特徴にふさわしい。
Future Noir Revised & Updated Edition: The Making of Blade Runner
- 作者: Paul M. Sammon
- 出版社/メーカー: Dey Street Books
- 発売日: 2017/09/12
- メディア: ペーパーバック
今回はこの本から ride (off) into the sunset という表現を取り上げたい。著者が何度も繰り返し使っていたので、否応なく覚えてしまったのである。
実例を引用する前に、背景説明を書いておこう。「ブレードランナー」は試写段階で「エンディングがあまりに暗い」と不評だったので、急きょ”ハッピーエンド”を作って付け足し、劇場公開版とした。
ところが公開されると、この付け足し部分が唐突で違和感があるとして、一部からかえって不興を買ってしまった。私も当時観て、「ヘンな終わり方だなあ」と感じた(といっても、そもそも映画全体が時代を先取りしたブッ飛んだ内容だったので、そこだけ特に「ヘン」と思ったわけではなかったのだが)。
その後、DVDとして出た”最終版”は、結局このハッピーエンディングを削除してしまったという、いわくつきの付け足し部分である。
こうした予備知識を書いたうえで、何度も出てきた実例から、2か所を引用しよう。なお Sneaks とは sneak preview (映画の内容を知らせずに行う”覆面試写会”)、tack on は「付け足す、余分に加える」という意味である。
- The confusion generated by the Dallas and Denver Sneaks also resulted in yet another last-minute and much-maligned element being inserted into Blade Runner’s original theatrical release--its so-called “happy ending” (or “Ride Into the Sunset”).
(Future Noir: The Making of Blade Runner Revised & Updated Edition by Paul M. Sammon)
- Tell me your memories of shooting what I call the ride into the sunset. The faux happy ending that was tacked on to the original theatrical release.
(ibid.)
ということで、「ハッピーエンド」を指す表現である。西部劇で、難題を解決してめでたしめでたしの大団円を迎え、登場人物が馬に乗って夕日に向かって去っていく、というイメージだろう。
辞書には動詞の to ride off into the sunset の形で出ていて、ride の代わりに go, head, drive, walk, sail も使えるとある。
日本でも、登場人物が夕日に向かって駆けていくラストシーンが青春ドラマなどでおなじみだが(といっても、本当にこうした場面はあったのだろうか、どうも思い出せない)、こうしたベタな発想は文化を越えているのかもしれない。
「ブレードランナー」は公開当時、ハリソン・フォード主演という期待を裏切る「わけのわからない映画」として不評だったが、その後じわじわと人気が出て、今では名作との評価を揺るぎないものにしている。
公開後10年後に作られた”最終版”では、ハッピーエンドの削除など数点の(しかし重要な)変更も施されたが、最初の劇場公開版もあらためてDVD化されたほどだ。
私も最初に劇場で観た時は、圧倒的な映像イメージに驚きつつも、一度では把握し難い内容に「何だこれは?金返せ!」と思ったが、数か月経って、突如「またあの映画を観たい」という気持ちに襲われた。
レンタルビデオで扱われるようになってすぐ借りたし、その後、レーザーディスク、DVD、そしてブルーレイと、散財を繰り返している、困った作品だ。それでも何度観ても飽き足りない。私だけでなく、多くの人がそんな気分になったからこそ、こんな”奇跡の復活”を遂げたのだろう。
それだけに、去年公開された「ブレードランナー2049」は(評価する声もあるが)やはり「柳の下に二匹目のドジョウはいない」と思わされた出来で残念だったが、書くと長くなるので、別の機会に譲りたい。
「ブレードランナー」関連の過去の記事:
・gibberish 「ちんぷんかんぷん」
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2013-08-02
・mishmash 「ごたまぜ」
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2013-08-19
ブレードランナー アルティメット・コレクターズ・エディション [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- メディア: Blu-ray
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