辞書に載っている homicide の定義は不親切である(場合もある) [注意したい単語・意外な意味]
前回は selficide 「自撮りによる事故死」という造語を取り上げたが、そこからの連想で homicide について書いてみたい。
アメリカの映画やドラマを見ていると、事件現場にやってきた刑事が「殺人課の者だ」と名乗ったりする。日本では「捜査一課」だが、あちらでは身も蓋もない呼び方をするんだな、と子供のころ思った。
しかし「殺人課」って英語で何と言うのだろう。murder を使うんだろうか。当時の海外ドラマはどれも日本語の吹き替えで放送されていて、原語は聞けなかった。
正解が homicide だとわかったのは、ずいぶん後のことだった。何で知ったのかは覚えていないが、可能性があるのが、これまでも何度か取り上げている往年の人気TVドラマ「刑事コロンボ」 Columbo である。
まだ家庭用ビデオがない時代とあってか映画やドラマの小説化がさかんだったが、私も買って読んだ「コロンボ」の小説版に次のようなくだりがある。このシリーズの中でも人気が高い「別れのワイン」(邦題)という作品で、以前触れたことがある(→こちら)。
- Columbo expelled a heavy cloud of smoke and tossed his burnt-out match into the wastebasket behind him.
"I really think," he said ruminatively, "that you're in the wrong department, ma'am. What you want is Missing Persons. I'm Homicide."
(Columbo: Any Old Port in A Storm by Henry Clements)
"I'm Homicide." とは日本語の「私は天ぷら」「僕はウナギだ」みたいだが、気になったので持っているブルーレイを再生して確かめたら、この場面はドラマでは "I'm in Homicide." と言っていた。小説版でも別のところで "I know that you're in Homicide." と書かれた場面がある。引用した部分は誤って in が落ちたのか、それともこうした表現もありなのだろうか。ちょっと謎である。
長い前置きになったがここからが本題、この単語は「殺人課」ではなく、まずは「殺人」として覚えるのが一般的だろう。そしてある英和辞典を見ると、まさにこの訳語がまず挙げられている。
当たり前ではないか、と思われるかもしれないが、では murder とはどう違うのだろうか。同じ意味で単に別の単語というだけなのだろうか。手がかりになる記述はない。
さらに別の英和辞典で homicide を見ると、「英米法では犯罪となる殺人は murder と manslaughter に区別する」とある。なるほどそうかと思うが、homicide とはどう使いわけるのか、その記述がない。
murder を引くと「謀殺」、manslaughter には「故殺」と書かれている。日常ではあまり使わない日本語だが、専門用語だろうか。「謀殺」は殺意を持って計画して行い、「故殺」はそうではない場合を指すという。
しかし slaughter という物騒な感じのする語が入っているせいか、 私には manslaughter の方がずっと重い犯罪のように感じ、こちらを「謀殺」と覚えてしまったという失敗談がある。
困った辞書の記述ばかりをあげたが、しっかりした説明を homicide につけているものもあった。たとえば、
- 最も適用範囲の広い語で murder (故意の殺人)も manslaughter (過失などによる殺人)も含む
(スーパーアンカー英和辞典)
この単語を使う場合にも役立ち、日本語の面でも「謀殺」「故殺」という言葉も避けていて、簡潔にしてわかりやすい説明だと思う(それにしては「故意の殺人」である murder が「故殺」とはならないとは、日本語もややこしいものだ)。
そして、舌足らずなのは実は英和辞典だけではなかった。
英語圏の辞書を読むと、英和辞典ではわからないニュアンスが記述されていることがあり、「英和辞典は、意味の説明ではなく訳語の羅列にすぎないのだなあ」と思ったりする。
そこで homicide を引いてみると、こちらの期待をみごとに裏切って、murder などとしか書かれていないものが目立ったのだ。
とはいえ一方で詳しい記述もあり、引用すると、
- The noun homicide means a murder. If you kill another person, you are committing a homicide. The level of the homicide is legally defined as murder if the act was intentional and as manslaughter if it was unintentional.
(Vocabulary.com)
- (uncountable, crime) The killing of one person by another, whether premeditated or unintentional.
Synonyms
(unlawful killing of a person by another): assassination, killing, first-degree murder (US; intentional), manslaughter (unintentional), murder (intentional), second-degree murder (US; unintentional)
(Wiktionary)
後者の記述にあるように、同じ murder でも「第一級」「第二級」とあって、さらに複雑になる。推理小説の翻訳に「第一級殺人」などとあると、それらしくて何だかカッコいい(?)と感じるが、じゃあそれは何のことだ、と問われたら答えに詰まってしまう。「第二級」は unintentional とあるが、じゃあ manslaughter とどう違うのか。
また、犯罪に関わる法律は国によって違いがあり、日本語と単純な対応ができない。先の辞書で manslaughter の定義に「過失による殺人」とあったが、過失なのだとしたら日本では「殺人」でなく「過失致死」あるいは「傷害致死」にあてはまる場合もありそうに思う。
ということで、いろいろ書いたが、法律関係者を含む専門家でなければ、あるいは外国で逮捕でもされなければ、こうした細かい点はそれほど気にしなくてもいいのかもしれない。
英語圏で暮らす一般市民だって、同じようにあまり気にしておらず、日常生活ではたぶん厳密な区別はしてはいないのではないか。であれば、あちらの辞書の定義に murder としか載っていなかったとしても仕方がないのだろう。
それでも外国語として英語を学んでいる非ネイティブの身としては、やっぱりちょっとは気にして、親切な記述を辞書に載せてほしいものだな、と思い直したりもする。
余談だが、「刑事コロンボ」は来月からBSで「傑作選」として久しぶりに一部が再放送される。たぶん「別れのワイン」は人気作なので選ばれるだろう。
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アメリカの映画やドラマを見ていると、事件現場にやってきた刑事が「殺人課の者だ」と名乗ったりする。日本では「捜査一課」だが、あちらでは身も蓋もない呼び方をするんだな、と子供のころ思った。
しかし「殺人課」って英語で何と言うのだろう。murder を使うんだろうか。当時の海外ドラマはどれも日本語の吹き替えで放送されていて、原語は聞けなかった。
正解が homicide だとわかったのは、ずいぶん後のことだった。何で知ったのかは覚えていないが、可能性があるのが、これまでも何度か取り上げている往年の人気TVドラマ「刑事コロンボ」 Columbo である。
まだ家庭用ビデオがない時代とあってか映画やドラマの小説化がさかんだったが、私も買って読んだ「コロンボ」の小説版に次のようなくだりがある。このシリーズの中でも人気が高い「別れのワイン」(邦題)という作品で、以前触れたことがある(→こちら)。
- Columbo expelled a heavy cloud of smoke and tossed his burnt-out match into the wastebasket behind him.
"I really think," he said ruminatively, "that you're in the wrong department, ma'am. What you want is Missing Persons. I'm Homicide."
(Columbo: Any Old Port in A Storm by Henry Clements)
"I'm Homicide." とは日本語の「私は天ぷら」「僕はウナギだ」みたいだが、気になったので持っているブルーレイを再生して確かめたら、この場面はドラマでは "I'm in Homicide." と言っていた。小説版でも別のところで "I know that you're in Homicide." と書かれた場面がある。引用した部分は誤って in が落ちたのか、それともこうした表現もありなのだろうか。ちょっと謎である。
長い前置きになったがここからが本題、この単語は「殺人課」ではなく、まずは「殺人」として覚えるのが一般的だろう。そしてある英和辞典を見ると、まさにこの訳語がまず挙げられている。
当たり前ではないか、と思われるかもしれないが、では murder とはどう違うのだろうか。同じ意味で単に別の単語というだけなのだろうか。手がかりになる記述はない。
さらに別の英和辞典で homicide を見ると、「英米法では犯罪となる殺人は murder と manslaughter に区別する」とある。なるほどそうかと思うが、homicide とはどう使いわけるのか、その記述がない。
murder を引くと「謀殺」、manslaughter には「故殺」と書かれている。日常ではあまり使わない日本語だが、専門用語だろうか。「謀殺」は殺意を持って計画して行い、「故殺」はそうではない場合を指すという。
しかし slaughter という物騒な感じのする語が入っているせいか、 私には manslaughter の方がずっと重い犯罪のように感じ、こちらを「謀殺」と覚えてしまったという失敗談がある。
困った辞書の記述ばかりをあげたが、しっかりした説明を homicide につけているものもあった。たとえば、
- 最も適用範囲の広い語で murder (故意の殺人)も manslaughter (過失などによる殺人)も含む
(スーパーアンカー英和辞典)
この単語を使う場合にも役立ち、日本語の面でも「謀殺」「故殺」という言葉も避けていて、簡潔にしてわかりやすい説明だと思う(それにしては「故意の殺人」である murder が「故殺」とはならないとは、日本語もややこしいものだ)。
そして、舌足らずなのは実は英和辞典だけではなかった。
英語圏の辞書を読むと、英和辞典ではわからないニュアンスが記述されていることがあり、「英和辞典は、意味の説明ではなく訳語の羅列にすぎないのだなあ」と思ったりする。
そこで homicide を引いてみると、こちらの期待をみごとに裏切って、murder などとしか書かれていないものが目立ったのだ。
とはいえ一方で詳しい記述もあり、引用すると、
- The noun homicide means a murder. If you kill another person, you are committing a homicide. The level of the homicide is legally defined as murder if the act was intentional and as manslaughter if it was unintentional.
(Vocabulary.com)
- (uncountable, crime) The killing of one person by another, whether premeditated or unintentional.
Synonyms
(unlawful killing of a person by another): assassination, killing, first-degree murder (US; intentional), manslaughter (unintentional), murder (intentional), second-degree murder (US; unintentional)
(Wiktionary)
後者の記述にあるように、同じ murder でも「第一級」「第二級」とあって、さらに複雑になる。推理小説の翻訳に「第一級殺人」などとあると、それらしくて何だかカッコいい(?)と感じるが、じゃあそれは何のことだ、と問われたら答えに詰まってしまう。「第二級」は unintentional とあるが、じゃあ manslaughter とどう違うのか。
また、犯罪に関わる法律は国によって違いがあり、日本語と単純な対応ができない。先の辞書で manslaughter の定義に「過失による殺人」とあったが、過失なのだとしたら日本では「殺人」でなく「過失致死」あるいは「傷害致死」にあてはまる場合もありそうに思う。
ということで、いろいろ書いたが、法律関係者を含む専門家でなければ、あるいは外国で逮捕でもされなければ、こうした細かい点はそれほど気にしなくてもいいのかもしれない。
英語圏で暮らす一般市民だって、同じようにあまり気にしておらず、日常生活ではたぶん厳密な区別はしてはいないのではないか。であれば、あちらの辞書の定義に murder としか載っていなかったとしても仕方がないのだろう。
それでも外国語として英語を学んでいる非ネイティブの身としては、やっぱりちょっとは気にして、親切な記述を辞書に載せてほしいものだな、と思い直したりもする。
余談だが、「刑事コロンボ」は来月からBSで「傑作選」として久しぶりに一部が再放送される。たぶん「別れのワイン」は人気作なので選ばれるだろう。
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