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酒の「ギムレット」とチャンドラーの「長いお別れ」 [英語文化のトリビア]

前回の gimlet eye 「鋭いまなざし」でも書いたように、gimlet というと原意である「錐(きり)」よりも酒のギムレットを、そしてレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説「長いお別れ」を連想する人がいると思うので、それに関連する余談的な話を書いてみたい。

まず、このカクテルになぜ「錐」を表す言葉が使われたのだろうか。

Wikipedia は Gimlet (cocktail) という項目で、この名がついた理由として、

- The word "gimlet" used in this sense is first attested in 1928. The most obvious derivation is from the tool for drilling small holes, a word also used figuratively to describe something as sharp or piercing. Thus, the cocktail may have been named for its "penetrating" effects on the drinker.

と書いている。あわせて、

- Another theory is that the drink was named after British Royal Navy Surgeon Rear-Admiral Sir Thomas Gimlette KCB (1857-1943), who allegedly introduced this drink as a means of inducing his messmates to take lime juice as an anti-scurvy medication.
(ibid.)

と、人名とからめた異説を紹介している。

Online Etymology Dictionary も、

- As the name of a cocktail made with gin or vodka and (Rose's) lime juice, by 1927, apparently originally nautical, presumably from its "penetrating" effects on the drinker (a gimlet was the tool used to tap casks). There also was a British Navy surgeon named Gimlette at the turn of the 20th century who was active in health matters.
https://www.etymonline.com/word/gimlet

と、やはりこの2つの説をあげている。

私は若い頃、後述するチャンドラーの小説を読んでギムレットという酒を知り、さっそく飲んでみたが、ちょっと甘めで、錐にたとえられるような sharp で piercing で penetrating な気分は得られず、あまり「ハードボイルド」な酒とは思えなかった。

ということで、私としては軍医ギムレット氏と結びつける説を支持したくなる。しかし上記 Wikipedia には、長くなるので引用は避けるが、この異説を裏付ける資料はないことが書かれている。人名にちなんだという方が個人的には納得できるので、どうも不思議である。

おもしろいことに、日本語版のウィキペディアでは、異説の方が有力な由来だと受け取れる真逆の書き方をしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ギムレット

そしてギムレットといえば Raymond Chandler の人気作 The Long Goodbye である。大詰めのシーンで、登場人物のひとりが主人公フィリップ・マーロウに対して「ギムレットにはまだ早すぎるね」と言うのだが、これが有名になった。

私は原書を読んでいないが、原文は "I suppose it's a bit too early for a gimlet." だそうだ。"I suppose ..." に "a bit too early" という言い方で、確かに雰囲気のあるセリフではある。gimlet に不定冠詞がつくのだな、と内容と関係ないことに感心したりもする。

しかし上記 Wikipedia ではこの言葉は取り上げられておらず、The Long Goodbye からは、ギムレットがらみの別の言葉(「ほんもののギムレット」 ”a real gimlet" についてのセリフ)が引用されている。

一方、日本語版ウィキペディアは、「ギムレットには早すぎる」を小見出しとして立てて紹介しているほどで、この点でも英語版とは対照的だ。本国アメリカでは日本ほど持てはやされてはいない、ということなのだろうか。

この言葉は、ある登場人物の正体を明かす役割となっている意味で重要なので、「カッコいいセリフ」という受け取り方をするのはちょっと違うのではないか、とも思う。

カッコいいというなら、この作品には、「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」とか「警官とさよならを言う方法はいまだに発見されていない」といった、もっとそれらしい言葉が出てくる。

チャンドラーの諸作品は、私も若いときに何冊か翻訳で読んだが、正直、なぜそこまで人気があるのか理解できなかった。

確かにカッコいいセリフがいろいろ出てきて(上記の他には、例えば「タフでなければ生きていけない」として知られる “If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.” など)、なるほどハードボイルドらしいなという雰囲気は味わえたものの、どの作品もそれほどおもしろいとは感じなかった。

まあ「タフな男の生きざま」とはまったく縁がない人生を送ってきたので、仕方がないのだろうとあきらめている。

私がチャンドラーのからみでおもしろい読書体験をしたのは、作品そのものではなかった。清水俊二の旧訳「長いお別れ」と村上春樹の新訳「ロング・グッドバイ」の2つの訳を、原文をあげながら比較した本が2冊出版されているのである。

同じ場面を取り上げていることはそれほどなかったが、それでもお互いの記述を比べてみるのも、訳文の比較と同じように興味深かった。

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