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dissect 「腑分けする」「細かく調べる」 [音楽と英語]

前回の eviscerate や disembowel から連想した単語として、dissect を取り上げたい。「解剖する」「切り裂く」という、これまたやや”えぐい”感じのする単語なのだが、「詳細に分析する」という意味にもなる。

日本語でも「腑分け」を比喩として「詳しく調べる」ことに使うことがあると思うので、どちらの言葉・文化も似たような発想をしている例といえるのかもしれない。

私の英語学習ノートには実例が2つメモしてあった。どちらもこのブログで過去に何度か取り上げたことがある、アイザック・アシモフ Isaac Asimov の連作短編推理小説シリーズ「黒後家蜘蛛の会」の第4巻 Banquets of the Black Widowers の収録作で拾ったものだ。

ひとつ目は、

- There are lots of humor, but for my money, once you've dissected a joke, you're about where you are when you've dissected a frog. It's dead.
(The Driver)

「ジョークを分析するのはカエルの解剖と同じで、切り刻んだら死んでしまう」とは、本来あるべき姿かたちが台なしになってしまう、おもしろくもなんともなくなってしまう、ということだろう。なお for my money とは in my opinion ということである。

ふたつ目は、食事の席で登場人物のひとりがリブステーキの肉の部分を手際よく骨から切り分けている様子を表している。

- ...said Mario Gonzalo, who was neatly dissecting strips of meat of the ribs
(Neither Brute Nor Human)

こちらは比喩的に使っているのではないものの、こうしたことにも dissect が使える!と感心してメモしたのだが、一方で私は「解剖」という訳語が頭に浮かんでしまい、どうもおいしそうに感じられない。ネイティブスピーカーはどうなのだろう。前回も書いたように、所作をあくまで即物的に受け取り、別に気にならないのだろうか。

学習ノートにはまた、名詞の dissection について下記の実例もメモしていた。あるピアニストの自叙伝にあったものだ。

- Working with Gabriel Chodos only heightened this fear in me; for him, approaching a work structurally, through a process of analysis—or even dissection—was paramount. His approach to music was, like his idol, the writer Thomas Mann, fundamentally intellectual.
(The Secret Piano: From Mao's Labor Camps to Bach's Goldberg Variations by Zhu Xiao-Mei)

これをメモしておいたのは、analysis を or even dissection と言い換えるように受けて続けているところが目にとまったからだと思う。

つまりこの単語は、並みの調査・分析ではなく、こと細かに、切り刻むように調べる、というところがミソで、まさに「腑分け」という感じがする。

英語圏の辞書の定義と例文を引用しよう。なお発音は /dɪˈsekt/ のほか、第一音節が二重母音になる /daɪˈsekt/ もあるので注意したい。

- 1. If someone dissects the body of a dead person or animal, they carefully cut it up in order to examine it scientifically.
We dissected a frog in biology class.
Synonyms: cut up or apart, dismember, lay open, anatomize
2. If someone dissects something such as a theory, a situation, or a piece of writing, they consider and talk about each detail of it.
People want to dissect his work and question his motives.
Synonyms: analyse, study, investigate, research
(Collins COBUILD Advanced Learner’s Dictionary)

- 1: to separate into pieces : expose the several parts of (something, such as an animal) for scientific examination
dissect an earthworm
dissecting flowers
2: to analyze and interpret minutely
dissect a problem
(Merriam-Webster.com)

ついでに dissect や dissection の語源を見ると、cut を意味するラテン語が含まれていることがわかる。そこで日本語になった「セクション」や「セクト」の元は、人の集団というより、「切り離され、分割された部分」から来ていることになる。

さて以下はまったくの余談だが、上記 dissection の実例を見つけたピアニストのシュ・シャオメイ Zhu Xiao-Mei の自叙伝には、中国出身の彼女が文化大革命で強いられた想像を絶するような苦難が描かれており、読み続けるのが苦しくなるほどの内容だった。

彼女の名前を知ったのは、自叙伝のタイトルにも使われているバッハの名曲「ゴルトベルク変奏曲」 Goldberg Variations の録音に、今はなき東京・六本木のCD店で出会った時だった。もう三十年ほど前のことになるだろうか。

未知の演奏家だったが、地味なCDジャケットにもかかわらず、それを表に見せて陳列されていたのが目にとまった。文言は覚えていないがポップの紙片もついていたように思う。

その店は、大手音楽メディアや著名評論家が取り上げないような演奏家や輸入CDを積極的に紹介するのが評判だった。いま風にいえば”推し”として売られていたわけで、私も釣られた形で購入したが、聴いてみてすぐに演奏に惹きつけられた。



私は「ゴルトベルク変奏曲」が大好きで、二十年近く前にこのブログを始めたばかりの頃、グレン・グールド Glenn Gould というピアニストの晩年の録音の映像版について書いている(→こちら)。この曲の決定盤にあげられることもある演奏だ。

シュ・シャオメイの壮絶な生い立ちは、自叙伝を読んだ近年になって初めて知り驚愕したが、それよりずっと前から、心に染み入るような彼女の「ゴルトベルク」は、私にとってグールドと同じくらい、あるいはそれ以上に繰り返して聞く愛聴盤となっている。

過去の参考記事:
・グレン・グールドの映像版「ゴルトベルク変奏曲」
https://eigo-kobako.blog.ss-blog.jp/2006-07-16

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TM

切りもの系?の最後の例も広がりを見せてますね。朱さんからGlen Gouldまで、大変興味深いです。特に朱さんは文革がらみと聞いてWild Swanの著者と似たところがあるのかなと思います。中身をよく知らないので、比較できませんが。なお、朱さんは日本語訳書ではシュ・シャオ・メイのように表記されていますが、ローマ字表記のように、ズー・シャオ・メイの方が原音に近いようです。どうでもよい話ですが。
by TM (2024-09-05 22:57) 

tempus_fugit

Zhu Xiao-Mei の音についてご教示いただきありがとうございました。私は中国語を学んだことがなく参考になります。最初に「シュ・シャオメイ」として日本で紹介されたので、これで定着してしまったのでしょうかね。
音楽家の表記といえば、父親が持っていた非常に古い音楽雑誌に「バーンステイン」とか「アルヘリッチ」とか書かれていたのをいまでも覚えていますが、今では「バーンスタイン」や「アルゲリッチ」以外の表記を見ることはなくなりましたね。
by tempus_fugit (2024-09-08 18:07) 

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