gadfly ~石破総理とソクラテス [ニュースと英語]
公私ともに余裕がない状態が続いており、じっくり英語表現と向き合う時間が取れないが、長らく更新していないので、最近ちらと目にして印象に残った単語をメモしておきたい。
石破茂氏が自民党の総裁そして総理になってのを受けて、英誌「エコノミスト」が記事で使っていた gadfly である。
- Throughout his 38 years in parliament, Mr Ishiba has been a gadfly. That outspokenness endeared him to voters, but made him an outsider within the LDP.
("Japan’s new prime minister is his own party’s sternest critic" The Economist, Oct 1 2024)
- His selection does not herald a drastic change of trajectory in Japan's foreign or economic policies. But the gadfly may struggle to govern.
(ibid.)
fly が含まれているので飛ぶ虫のたぐいと関係があるのだろうか、いずれにせよ内容から比喩的に使われているらしいと想像がつく。
英和辞典を見ると、確かに「ウシアブ」「家畜を刺すハエ類の総称」、そして「(特に権力者に対し批判・要求などをして)うるさい人」などとある。gad とは「鋭く尖った棒」「家畜を駆るのに使う突き棒」のことだそうだ。
ロシアの作曲家ショスタコーヴィチがこの言葉がタイトルになっている映画音楽を作っていて、日本では牛ならぬ「馬あぶ」と呼ばれていることも知ったが、gadfly はそもそも大型のハエだそうだ。単に「アブ」としか書いてない英和辞典もあったが、厳密には不正確ということになるだろう。
それはともかく、石破氏についてこの単語を使っている例が他にないかウェブを検索すると、次のような例も見つかった。
- In a year of political upheavals worldwide, here comes Japan. The country’s ruling party on Friday flirted with history by having the chance to choose between the youngest ever and the first woman ever prime minister.
It ended up doing neither — and went with a third, somewhat surprising option on the menu: Shigeru Ishiba, a 67-year-old Liberal Democratic Party backbencher and occasional party gadfly who had failed in four previous attempts to win the top job.
("What Japan’s New Prime Minister Means for the US" Politico, September 29, 2024)
この party gadfly を目にした時、「与党内野党」という言葉が頭に浮かんだ。またこうした人を指すのに maverick 「一匹狼」「わが道を往く人」という言葉も思い浮かぶが、gadfly は、もっと「やっかいな人」「煙たい存在」というニュアンスが強く感じられるような気もする。
そんなことを考えながら英語圏のオンライン辞書を調べてみた。
- (usually disapproving)
a person who annoys or criticizes other people in order to make them do something
He was a political gadfly, turning up at city council meetings and complaining about the waste of taxpayers’ money.
Word Origin
late 16th cent.: from gad, or obsolete gad ‘goad, spike’, from Old Norse gaddr, of Germanic origin; related to yard, the unit of measurement.
(Oxford Learner's Dictionaries)
- a fly that bites livestock, especially a horsefly, warble fly, or botfly.
(figurative) a person who annoys or criticizes others in order to provoke them into action.
(Oxford Dictionary of English)
- A person or thing that irritates or instigates.
(specifically) A person who upsets the status quo by posing novel or upsetting questions, or attempts to stimulate innovation by being an irritant.
(Wiktionary)
ひとつ目にあげた説明にある、gad は語源的に長さを示す yard とつながりがあるというのがおもしろいが、それはそれとして、gadfly は usually disapproving であるとしている。
しかしふたつ目は to provoke them into action、さらにみっつ目は stimulate innovation by being an irritant としていて、現状の改革のために批判の声をあげているのだとしたら、むしろ肯定的にも使えそうな気がする。
ハエにせよアブにせよ、とにかく迷惑な存在だろうから、そこから比喩的な意味で使われるようになったのだろうと考えたが、実はそう単純でもないのだろうか。そう思いながらもう少しウェブを見ていたら、興味深い記述を見つけた。
詳しくはたとえば下記の Wikipedia の項目をご覧いただきたいが、古代ギリシャの哲学者ソクラテスが、社会や政治には”うるさ型”の存在が必要であることを示すのに(そして自分になぞらえて)この言葉を使ったことが(原語はもちろん英語ではないが)、プラトンの「ソクラテスの弁明」 Apology に出てくるのだそうだ。少し引用しよう。
- During his defense when on trial for his life, Socrates, according to Plato's writings, pointed out that dissent, like the gadfly, was easy to swat, but the cost to society of silencing individuals who were irritating could be very high:
https://en.wikipedia.org/wiki/Gadfly_(philosophy_and_social_science)
「ソクラテスの弁明」の該当部分のもう少し長い英訳は、次のサイトで読める。なお、ここで gadfly がたかるのは steed 「馬」で、牛ではない。また gadfly と God、state と steed が並べて使われているが、これは原語でもそうなのか、それとも英訳が意図的に似たような音を持つ単語を使ったものかどうかはわからない。
https://oll.libertyfund.org/quotes/socrates-as-the-gadfly-of-the-state-4thc-bc
The Economist 誌がこの単語を石破氏に使ったのも、「与党内野党」といっても単なる批判のための批判者ではなかった、という意味を込めたものだろうか、と想像をめぐらした。
この記事は、一般人気が高い石破氏も党内基盤は弱く、党内の足場を固めるため現実路線に傾けば逆に大衆の支持を失うリスクがある、という前途多難な立場を海外の読者に紹介している。
石破氏はその後、国会論戦を約束しておきながらそれを反故にして解散・総選挙に踏み切り、さらに非公認候補が代表をつとめる党支部に2000万円を配るといった動きを取ったが、まさにそうした見方が現実のものとなった、というより、予想以上の変節だととらえる声が出ているのもうなずけるように感じる。
2000万円は選挙資金ではないと説明しているが、仮に本当にそれが配る側の意図だとしても、金に色がついているわけではなく、何よりこのタイミングだ。権力維持のためには「李下に冠を正さず」という言葉は政治家の頭から消えてしまうらしいのが現実のようだ。
政治についてのブログではないのでこれ以上深入りはしないが、今度の日曜日の選挙で石破総理と与党は有権者からどのような審判を受けるのだろうか。
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石破茂氏が自民党の総裁そして総理になってのを受けて、英誌「エコノミスト」が記事で使っていた gadfly である。
- Throughout his 38 years in parliament, Mr Ishiba has been a gadfly. That outspokenness endeared him to voters, but made him an outsider within the LDP.
("Japan’s new prime minister is his own party’s sternest critic" The Economist, Oct 1 2024)
- His selection does not herald a drastic change of trajectory in Japan's foreign or economic policies. But the gadfly may struggle to govern.
(ibid.)
fly が含まれているので飛ぶ虫のたぐいと関係があるのだろうか、いずれにせよ内容から比喩的に使われているらしいと想像がつく。
英和辞典を見ると、確かに「ウシアブ」「家畜を刺すハエ類の総称」、そして「(特に権力者に対し批判・要求などをして)うるさい人」などとある。gad とは「鋭く尖った棒」「家畜を駆るのに使う突き棒」のことだそうだ。
ロシアの作曲家ショスタコーヴィチがこの言葉がタイトルになっている映画音楽を作っていて、日本では牛ならぬ「馬あぶ」と呼ばれていることも知ったが、gadfly はそもそも大型のハエだそうだ。単に「アブ」としか書いてない英和辞典もあったが、厳密には不正確ということになるだろう。
それはともかく、石破氏についてこの単語を使っている例が他にないかウェブを検索すると、次のような例も見つかった。
- In a year of political upheavals worldwide, here comes Japan. The country’s ruling party on Friday flirted with history by having the chance to choose between the youngest ever and the first woman ever prime minister.
It ended up doing neither — and went with a third, somewhat surprising option on the menu: Shigeru Ishiba, a 67-year-old Liberal Democratic Party backbencher and occasional party gadfly who had failed in four previous attempts to win the top job.
("What Japan’s New Prime Minister Means for the US" Politico, September 29, 2024)
この party gadfly を目にした時、「与党内野党」という言葉が頭に浮かんだ。またこうした人を指すのに maverick 「一匹狼」「わが道を往く人」という言葉も思い浮かぶが、gadfly は、もっと「やっかいな人」「煙たい存在」というニュアンスが強く感じられるような気もする。
そんなことを考えながら英語圏のオンライン辞書を調べてみた。
- (usually disapproving)
a person who annoys or criticizes other people in order to make them do something
He was a political gadfly, turning up at city council meetings and complaining about the waste of taxpayers’ money.
Word Origin
late 16th cent.: from gad, or obsolete gad ‘goad, spike’, from Old Norse gaddr, of Germanic origin; related to yard, the unit of measurement.
(Oxford Learner's Dictionaries)
- a fly that bites livestock, especially a horsefly, warble fly, or botfly.
(figurative) a person who annoys or criticizes others in order to provoke them into action.
(Oxford Dictionary of English)
- A person or thing that irritates or instigates.
(specifically) A person who upsets the status quo by posing novel or upsetting questions, or attempts to stimulate innovation by being an irritant.
(Wiktionary)
ひとつ目にあげた説明にある、gad は語源的に長さを示す yard とつながりがあるというのがおもしろいが、それはそれとして、gadfly は usually disapproving であるとしている。
しかしふたつ目は to provoke them into action、さらにみっつ目は stimulate innovation by being an irritant としていて、現状の改革のために批判の声をあげているのだとしたら、むしろ肯定的にも使えそうな気がする。
ハエにせよアブにせよ、とにかく迷惑な存在だろうから、そこから比喩的な意味で使われるようになったのだろうと考えたが、実はそう単純でもないのだろうか。そう思いながらもう少しウェブを見ていたら、興味深い記述を見つけた。
詳しくはたとえば下記の Wikipedia の項目をご覧いただきたいが、古代ギリシャの哲学者ソクラテスが、社会や政治には”うるさ型”の存在が必要であることを示すのに(そして自分になぞらえて)この言葉を使ったことが(原語はもちろん英語ではないが)、プラトンの「ソクラテスの弁明」 Apology に出てくるのだそうだ。少し引用しよう。
- During his defense when on trial for his life, Socrates, according to Plato's writings, pointed out that dissent, like the gadfly, was easy to swat, but the cost to society of silencing individuals who were irritating could be very high:
https://en.wikipedia.org/wiki/Gadfly_(philosophy_and_social_science)
「ソクラテスの弁明」の該当部分のもう少し長い英訳は、次のサイトで読める。なお、ここで gadfly がたかるのは steed 「馬」で、牛ではない。また gadfly と God、state と steed が並べて使われているが、これは原語でもそうなのか、それとも英訳が意図的に似たような音を持つ単語を使ったものかどうかはわからない。
https://oll.libertyfund.org/quotes/socrates-as-the-gadfly-of-the-state-4thc-bc
The Economist 誌がこの単語を石破氏に使ったのも、「与党内野党」といっても単なる批判のための批判者ではなかった、という意味を込めたものだろうか、と想像をめぐらした。
この記事は、一般人気が高い石破氏も党内基盤は弱く、党内の足場を固めるため現実路線に傾けば逆に大衆の支持を失うリスクがある、という前途多難な立場を海外の読者に紹介している。
石破氏はその後、国会論戦を約束しておきながらそれを反故にして解散・総選挙に踏み切り、さらに非公認候補が代表をつとめる党支部に2000万円を配るといった動きを取ったが、まさにそうした見方が現実のものとなった、というより、予想以上の変節だととらえる声が出ているのもうなずけるように感じる。
2000万円は選挙資金ではないと説明しているが、仮に本当にそれが配る側の意図だとしても、金に色がついているわけではなく、何よりこのタイミングだ。権力維持のためには「李下に冠を正さず」という言葉は政治家の頭から消えてしまうらしいのが現実のようだ。
政治についてのブログではないのでこれ以上深入りはしないが、今度の日曜日の選挙で石破総理と与党は有権者からどのような審判を受けるのだろうか。
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石破さんが総理になったときのエコノミストの記事でgadflyと表現したのを読んで、若干の違和感を感じていました。ご指摘のようにmaverickあたりがふさわしいかと思われますが、gadflyに肯定的な意味もあるといわれれば、なるほどと納得感もある。引用しておられるようにSocratesの「弁明」からの引用(Wikiのものとほぼ同様 のWebster’sの 'The Gadfly of Athens'
(https://www.merriam-webster.com/dictionary/gadfly)も説得力がありますね。議論を起こすために敢えて憎まれ役をやる人devil's advocateと言えなくもない(ちょっとコンテクストが違いますが)。自民が惨敗して政治の大きなうねりを迎えるタイミングで面白い記事でした。
by TM (2024-10-28 22:01)
TMさん、追加・補足情報をいただきありがとうございました。
gadfly の使い方をどう理解すればいいか私もはっきりしていないのですが、建設的といえる devil's advocate の役割を持つ場合もある(そうでなく、批判だけの場合もある)と捉えればいいのかもしれませんね。
by tempus_fugit (2024-11-03 09:06)