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式亭三馬の「浮世風呂」 [読んだ本]

連休に家族と温泉へ行き、舞い落ちる雪を眺めながら、のんびりと湯に浸かってきた。これまで訪れたことがある国にも、トルコのハマムとか、イスラエルの死海沿いにあった身体が浮く健康ランドなど、それなりに楽しめる入浴施設があった。しかしやはり日本人、熱い湯がたっぷり流れる日本の温泉は格別だ。

湯といえば連想するのが、式亭三馬の「浮世風呂」。私が親しみを感じている数少ない古典作品のひとつである。温泉帰りの余韻で、今回はこの作品を少し紹介したい。

古文の成績はからきしダメだったが、そんな私が社会人になってから読んだ古典が、松尾芭蕉の「おくのほそ道」と、式亭三馬の「浮世風呂」である。前者はいうまでもない名作で、最近はエンピツでなぞって原文を書き写す本まで出ている。英訳も読んだ。

それに比べると後者は、どちらかといえばキワモノ的扱いをされているのかもしれないが、現代語に近い口語で書かれているためか読みやすく、学校にいる時に触れていれば、古文にもっと興味を持てたかもしれないと思わされる。

また、私が十歳頃まで住んでいた家には風呂がなく、毎日のように近くの公衆浴場を利用していたが、同級生から近所のおやじ達までが集まる、地域の交流場所となっていた。時代はまったく違えど、「浮世風呂」に描かれている世界に親しみを感じたのも、ひとつにはこの銭湯の記憶があるからだろう。

さて、「浮世風呂」は、こんな風にはじまる。

- 熟(つらつら)監るに、銭湯ほど捷径(ちかみち)の教諭(をしへ)なるはなし。其故如何となれば、賢愚邪正貧福高貴、湯を浴んとて裸形になるは、天地自然の道理、釈迦も孔子も於三も権助も、産れたままの容(すがた)にて、惜い欲いも西の海、さらりと無欲の形なり。欲垢と梵悩を洗清めて浄湯を浴れば、旦那さまも折助も、執(どれ)が執やら一般(おなじ)裸体。

地の文はこのように文語だが、会話部分は口語で、200年も前の江戸の庶民のいきいきとしたやり取りが楽しい。例えば、

- 「ヲイ番頭、目を廻した人があるぜヱ」
「夫(それ)は大変大変」「誰だ誰だ」
「よいよいのぶた七だ」
「病人のくせに長湯をするからだ」「水を吹かけろ」
「どうだ、ぶた七、気がついたか」「気はしつかりか」
「ウウ、ウウ、でで、でで、大丈夫(でじょうぶ)だ」

ことばについても、興味深いやりとりが見つかる。次は、下女同士の会話。

- 「よくしやべる婆さんだの」
「さうさ。婆はあたりめへだが、金溜屋のおかみさんよ。人品(ひとから)の能風(いいふり)をして居て、とんだ目口乾(=口やかましい)だの。あそばせの、いらツしやいのと、たべつけねへ(=言い馴れない)言語(ものいひ)をしてもお里がしれらア」

また、東西のことばの違いをけなしあう会話もある。

- 「芝居など見るに、今が最期(せへご)だ、観念何たらいふたり、大願(でへがん)成就忝ねへ何のかのいふて、万歳(まんぜへ)の才蔵(せへぞう)のと、ぎつぱ(=立派)な男が云ふてじやが、ひかり人(て)のないさかい、よう済んである」
「そりやそりや、上方もわるいわるい。ひかり人ツサ。ひかるとは稲妻かへ。おつだネエ。江戸では叱るといふのさ」

地の文でも、有名な作品をもじって「のぞき」について書いたらしいユーモラスな記述がある。

- 春はあけぼの、やうやう白くなりゆくあらひ粉に、ふるとしの顔をあらふ初湯のけふり、ほそくたなびきたる女(をみな)湯のありさま、いかで見ん物とて、松の内早仕舞ちふ札かけたる格子のもとにたたずみ、障子のひまよりかいまみるに、そのさまをかしくもあり、又おのが身のぶざめいたる(=田舎侍めいた)は、あさましくもありけり

ページが茶色くなった文庫本の「浮世風呂」を取り出して、久しぶりにこんな風に拾い読みして楽しんだ。残念ながら英語には、いまだに無理して外国語に接しているというひっかかりが抜けない。英語に対して「さらりと無欲の形」で触れることができる境地にいつかは届くことがあるのか、いずれにしても、しぶとくつき合いを続けていくつもりである。

「浮世風呂」は、気軽に手に取ることができる文庫本が絶版になって久しく、ぜひ復刊を望む。現役なのは文学全集の中の一巻で高額だが、原文はネットで読むこともできる。
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kindaitaikei/sanba/kindai_sanba01.pdf

参考記事:
英訳「奥の細道」

タグ:日本語
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