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barnstorm ~共和党ヘイリー氏が「どぶ板選挙」 [アメリカ政治]

前回は民主党のバイデン氏にからめて書いたので、今度は共和党をネタにしたい。米大統領選挙の予備選で共和党の候補者たちが展開している選挙戦について、複数の日本メディアが「どぶ板選挙」とか「どぶ板作戦」と表現している記事を目にした。

これを見て、私は「うーん」と思ってしまった。アメリカの選挙に「どぶ板」は似合わないのではないだろうか。

日本では、少なくとも私が子供の頃は、家の前を通る道との間に幅の狭い側溝=どぶが流れているのは普通の光景だった。家の敷地に通じるところの前を流れるどぶの上には短い板をかぶせて覆う形になっていて、そこを歩いて玄関に行くようになっていた。私が当時住んでいた木造平屋の狭い社宅がまさにそうだった。

そのように、どぶとどぶ板を身近な存在として育った昭和世代の私とはいえ、これをアメリカの人や事物に使った「ヘイリー氏がどぶ板選挙」には、どうにも奇妙な印象を受けてしまったのである。

今では側溝は道に沿った部分すべてをコンクリ等で覆い隠すようになり、どぶやどぶ板を目にすることはまれになってきただろうし、「どぶ板選挙」が何のことかわかる人も、とりわけ若い世代では減っているのではと想像する。

「どぶ板選挙」とは、候補者が有権者ひとりひとりにこまめに会って支持を働きかけることを指す。かつてどぶ板を踏み越えて家を一軒一軒回ったことからこの名がついたそうだ。現行法では戸別訪問で投票を呼びかけることは禁止されているが、街頭を歩いてひとりひとりと握手したりして支持を訴えるのは問題ない。

日本の選挙戦では、候補者が「どぶ板選挙」を(さらには「土下座」すら)行った、というような記事を新聞で読んだものだが、書く側は、そうした手あかのついた紋切型の表現や感覚が抜けず、アメリカの選挙についても当てはめているのだろうか。

ただアメリカでは、戸別訪問が禁止されていないどころか、個々の有権者に直接働きかけをするのは選挙活動として当然の行為と考えられているはずだ。

個々の有権者に愛想を振りまく活動に力を入れる候補者を表すのに handshaker baby-kisser (大人とは握手、赤ちゃんは抱き上げてキスをする)という言葉もある。

その理屈からいえば、言い方は別として、ことさら「どぶ板選挙」として伝える必要はないことになる。そう思いつつ、今回の予備選について日本のメディアがこの言葉を使った理由のひとつとして私の頭に浮かんだのが、barnstorm という単語だった。

私がこのブログを始めたばかりの頃(もう20年近く前…!)に触れたことがある言葉だが(→こちら)、その時は、エンターテイナーの「地方巡業」”ドサ回り”として取り上げていた。

そしてウェブを検索してみると、予備選を前にした候補者が各地を回って追い込みをかけることを伝える英文記事に、確かに barnstorm が使われていた。

下記の実例を見ると、自動詞と他動詞のいずれとしても使えるようだ。

- DeSantis and Haley barnstorm across frigid Iowa in the final days before the Republican caucuses
(記事の見出し)

- Republican Nikki Haley will barnstorm the country with at least 17 fundraisers across five states over the next several weeks as the eyes of the nation turn to the upcoming rematch in the 2024 nomination race between her and former President Donald Trump in Haley's home state of South Carolina.
("Haley to barnstorm nation on fundraising tour as South Carolina primary inches closer" ABC News, January 27, 2024)

現地の報道でこの単語が使われているのに接した日本メディアの記者が、barn (納屋)を storm (席捲する)から、何となく日本の「どぶ板選挙」を連想し、結びつけたのではないだろうか。もちろんあくまで想像だが。

英語圏の辞書から引用しよう。やはり「納屋で興行して回る」ことから来ていて、そのためか rural な地域で、というニュアンスがあるようだ。

- 1: to tour through rural districts staging usually theatrical performances
2: to travel from place to place making brief stops (as in a political campaign or a promotional tour)
3: to pilot one's airplane in sightseeing flights with passengers or in exhibition stunts in an unscheduled course especially in rural districts
(Merriam-Webster.com)

- 1. (Theatre) to tour rural districts putting on shows, esp theatrical, athletic, or acrobatic shows
2. (Rhetoric) chiefly US and Canadian to tour rural districts making speeches in a political campaign
[C19: from barn + storm (vb); from the performances often being in barns]
(Collins English Dictionary)

- to travel quickly through an area making political speeches, or getting a lot of attention for your organization, ideas, etc.
He barnstormed across the southern states in an attempt to woo the voters.
(Oxford Learner's Dictionaries)

- The notion is to 'take by storm' the barns that served as theaters in rural places where itinerant acting troupes typically performed. The term was extended by 1896 to electioneering tours, and by 1928 to itinerant pilots who performed air stunts at fairs and races.
(Online Etymology Dictionary)

なお上記「オックスフォード」の例文に出てくる woo は、「(女性に)言い寄る」「(何かを)求める、せがむ」などと辞書にあるが、支持を求めることにも使えるので、選挙でも目にする単語であることを付記しておきたい。有権者を「口説く」「抱き込もうとする」という感じだろうか。

以下は脱線だが、今回のきっかけになった「どぶ板」の記事を見ていたら、英語のことわざや名言集によく載っている "See Naples and die." には、必ずといっていいほど「日光を見ずして結構というなかれ」と書かれていたことを思い起こした。最近どうなのかは調べていないが。

どちらも名所がらみの言い回しで意味が似通っているとはいえ、西洋の人がこの言葉を言った時に「日光を~」と訳したらやりすぎだろう。「ヘイリー氏がドブ板選挙」には、それと似たような違和感を抱いてしまったのである。

なお "See Naples..."は、あえて日本の言い回しにあわせるなら「ナポリよいとこ 一度はおいで」くらいにしたほうがまだマシなのでは、と考えたが、どうだろうか。

過去の参考記事:
「都落ち」の英語表現
swing 「(政治家の)あわただしい遊説行脚」
whistle-stop campaign 「地方遊説」

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TM

かつて「弊社はどぶ板営業をやっており」をdoor-to-door sales/marketing activitiesと訳した時、相手のネイティブは何の反応も示しませんでした。英語ではそんなに特別なこともない表現だと思いますが、日本ではある種自虐的に使うことが多いように思います。選挙でどぶ板?とも思いますが、日本で結構使う表現みたいですね。戸別訪問を禁止された日本では、屋外での選挙活動では、選挙カー、駅前、講演会などが中心ですが、これがどぶ板ですかね?アメリカではボランティアの人たちが一軒ずつ回っています。barnstormという動詞は、限られた時間に多くの場所・土地を回るという意味が含まれていると思うので、どぶ板とは少し語感が違います。駆け足で、くまなく遊説して回るくらいの日本語が良いかも知れません。どぶ板では音的にもイメージ的にも、もうひとつの感じです。Naplesの段も同様に、「天国よいとこ一度はおいで」みたいに、きれいな表現にしてほしいですね。ついでに、この歌詞はどういう英語になるんかしらんと思案しております。まさか、See Naples and... みたいな表現にはならないでしょうが。ナポリに行ったときは、「わざわざ死なんでも」と、関西人まるだしの感想を持ったものでした。
by TM (2024-02-05 11:49) 

marimann

今日のコラム、笑点で言えば、"座布団一枚!"という感じで、私にヒットしました。
by marimann (2024-02-06 15:53) 

tempus_fugit

 「ナポリよいとこ~」は草津(温泉にまた行きたい!)の唄にでてくる「草津よいとこ いちどはおいで」のもじりですが、私を含め昭和のある世代では、お書きのように往年のヒット曲の歌詞「天国よいとこ~」の方を想起する人も多いでしょうね。
 今回の下書きには、上記に触れたうえで、「天国」を使って See Heaven and die. なんて言ったら西洋人にはどんな顔をされるだろうか、また、もう知らない人も多いはずの昔のヒット曲を持ち出す自分は、「どぶ板選挙」と書いた記者と実はどっこいどっこい、目くそ鼻くそを笑うだな、なんてことも書いたのですが、くだらないことでエントリを長くするだけだと結局ばっさり削ってアップしました。長文を書きがちという、SNS時代には相容れない悪癖が抜けない私です。
 ナポリはその昔イタリア(ローマとフィレンツェ中心)を訪れた時、日帰りで行きましたが、短時間だったためか、確かに風光明媚な場所だったという程度の記憶にとどまっています。
 
 本題については、私も舌足らずな書き方でしたが、「どぶ板選挙」= barnstorm、という意味ではもちろんありません。記事を書いた日本マスメディアの人が、現地の報道でこの単語を見て、「納屋まわり」から日本の「どぶ板選挙」を連想したのでは、ということです。
 なお「地方遊説」ということでは、過去のエントリで swing や whistle-stop campaign といった言葉を取り上げていたので、本文の末尾に参考として追記しリンクしました。

by tempus_fugit (2024-02-07 22:19) 

tempus_fugit

「座布団一枚!」ですか、どうもありがとうございます。英語圏の文化や風物を知らないと理解できない英語がたくさんあると思いますが、日本(語)で言えば、この「座布団一枚!」や、「この印籠が目に入らぬか!」はそういったものだろうな、とよく思います。

by tempus_fugit (2024-02-07 22:31) 

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