「ジャズの英語」 [音楽と英語]
「歌で英語を学ぼう」といわれるものの、大人が興味を持つような新しい作品について歌詞を詳しく説明した教材は、著作権のためかもしれないが、あまり多くはないように思う。雑誌等でヒット曲が取り上げられていることもあるが、アーティストや作品の紹介が中心で、英語の解説は申しわけ程度、歌詞の訳も時に「超訳」だったりする。そんな風に感じていたところ、先日見つけたのがこの本である。
ジャズのスタンダードナンバーは最新の歌とはいえないが、さまざまな歌手が違ったアレンジで歌っていて楽しめるし、英語の崩れが概して少ない。この本は、そうしたスタンダードを9曲取り上げて、単語の意味や用法から文法や発音の注意点、韻まで、ていねい説明したものだ。他のヒット曲の歌詞や人気映画のセリフから用例を取るといった工夫もみられる。
歌詞をちゃんと verse から載せているのは、当然そうすべきとはいえありがたい。この時代の歌は、verse といわれるイントロパートと、サビが出てくる本編の chorus とで構成されることが多いが、演奏では verse を省く場合がしばしばあるからだ(ついでだが、私の手元にある辞書で、この verse と chorus についてしっかり説明しているものはなかったのが残念だ)。
この本に出てくる名曲 "Stardust" など、私は星くずを連想させるメロディはむしろ verse の方だと思っているほどで、この部分がない「スターダスト」はどうも満足感が得られない。
また、やはりこの本で取り上げられている "My Funny Valentine" という有名曲は、verse の歌詞を読み、さらに初出のミュージカルでの使われ方を知ると、女性が Valentine という男性について歌ったものだとわかる。こんなことを書くのは、chorus だけの演奏を聞いて、Valentine 嬢についての歌だと思い、「美人とはいえないけど、自分にとってはかけがえのない女性」と歌っていると説明しているものがあるからだ。
もっとも、スタンダードとは、男性の歌か女性の歌なのかということを離れて歌い継がれているところが、まさにスタンダードたる所以ともいえそうだ。「この歌は男性について歌ったもの」というように、かたくなに考える必要はなく、その点で意図的に verse を省くのも意味のあることだろう。余談だが、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」といえば "Chet Baker Sings" というアルバムに入っているチェット・ベイカーの名唱があるが、彼のユニセックス的な声がちょっと妖しい魅力を醸し出している。
脱線したが、この本にはやや残念な点もあった。
全体的に気になるのは、歌詞の訳がおしなべて生硬なことだ。あまりにこなれた訳だと、原文と比べた際にまごつく学習者がいるかもしれないと配慮した意図的なものかとも思ったが、それにしては硬い。
例えば、will はほとんどが「~でしょう」と訳されていて、受験生の答案のようだ。また、女性が想定されている作品では、語尾が判で捺したように「~わ」「~よ」となっていて、いかにも男性が考えた女性言葉という感じだ。
また、感嘆詞の oh を多くの場合「あー」と訳していて、長音記号を使った表記は私など稚拙と感じてしまう。「あー、くたびれた」のような口語ならいいだろうが、この本のように、"Oh, your daddy's rich." を「あー 君の父さんは金持ち」とされると、居心地が悪い。
個別の例では、"Fly Me to the Moon" という歌に、"Please be true." というくだりがある。「どうか真実でいて」と訳されているが、これでいいのだろうか。辞書には、「誠実な」とか「裏切らない、うそをつかない」という訳語が載っているが、こちらの方がふさわしいのではないか。
もうひとつ細かい点だが、「lover は女性の恋人、love は男性の恋人」だという記述がある。この書き方だと、lover とは「女性の(交際相手である)恋人」(つまり男性)のことなのか、逆に「(男性が交際している相手の)女性の恋人」なのか、まごつく人もいるだろう。さらに、ここには説明のイラストとして男と女の顔のイラストがあるが、誤植らしく、どちらも a lover と書かれている。なお、肉体関係をもつ配偶者以外の相手を指すことがある、という注意もしっかりとついていた。
ちょっとあら捜しになってしまったが、英語についての解説はすぐれているので、親しみやすい学習書として利用できるだろうし、また、ある程度のレベルに達した人が、学んだことの整理・点検に使うのにも向いていると思う。
参考記事:
つらい時でも silver lining
タグ:ジャズ
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