男女を区別しない代名詞 ze は広まるか? ~ they の単数形をめぐって [辞書に載っていない表現]
男女どちらにも使える代名詞 ze を初めて見たのは何かの記事だったが、お遊びの言葉と思ったのか、調べもせず記憶にも残らなかった。先日、この言葉をめぐるちょっとおもしろいニュースを読み、「そういえば前に目にしたことがある」と思い出したので、取り上げてみよう。
遊びや冗談ではないとしても、広く認知されたものではない”イロモノ”ということか、英語圏のオンライン辞書にも載っていなかったが、例外として Wiktionary に記述があった。
- Pronunciation /zi/
(neologism) they (singular). Gender-neutral third-person singular subject pronoun, coordinate with gendered pronouns he and she.
quotations
1996 But I do know what sex ze is. It used to influence me. But now I talk to hir like a normal person. I mean, without thinking about what ze is.(中略)
2011 Hir face was implacable, but ze dashed away in tears.
Synonyms
(singular) they
(neologism) e, ey, sie, xe
https://en.wiktionary.org/wiki/ze
由来は空欄となっていて、なぜ ze となるのかはわからない。実例に hir という単語が出てくるが、him/her, his/hers, himself/herself にあたるのが hir, hirs, hirself もしくは zir, zirs, zirself だそうだ。主格が ze なので後者の方が揃っている気がするが、固まっていないらしい。同類の代名詞として ey や sie などがあげられているが、まるで他のヨーロッパ言語のような言葉だ。
そして先日たまたまネットで見にしたのが、「オックスフォード大学の学生組合が ze の使用を呼びかけている」という記事だった。
これによって、前に見たことがある単語だと気がついて詳しく知ろうと検索したら、なんと「そんな呼びかけはしていない、と学生組合が否定した」という新たな記事が見つかった。そこで、ちょっとおもしろいニュースだと思った次第である。
意外な結末を報じる「ガーディアン」紙の記事から、ちょっと長いが引用しよう。
- Oxford University’s student union has said it had not told students to use gender pronouns such as “ze” instead of “he” or “she”, calling such a move “totally counterproductive”.
A number of reports at the weekend said the student union had issued a leaflet telling students to use gender neutral pronouns such as “ze” in order to stop transgender students being offended.
A denial published on the OUSU website said: “As far as we’re aware, the information which has been published is incorrect. We have not produced a leaflet implying that all students must use ‘ze’ pronouns to refer to others, or indeed to themselves.”
("Oxford student union denies telling students to use gender-neutral pronoun" The Guardian, Dec. 13, 2016)
最初に報じられた時は、「トランスジェンダー社会の反映」というトーンで取り上げられたり、一方で「どんな言葉を使うかを規定されるのはおかしい」という意見があったりと、イギリスではそれなりに耳目を集めたようだが、一転して、最近問題になっている「偽ニュース」の実例となってしまった感がある。
Oxford University Students' Union が出した否定声明も下記で読むことができるが、最初の報道は学生組合側に確認せずに行われたのだろうか、そうであればずいぶんといい加減な取材だなと不思議に思う。また”犯人”は誰で、どのような意図があったのだろうか。
"OUSU Statement: The Use Of Gender Neutral Pronouns"
今回の騒ぎはともかく、LGBTが社会に認知されていくにつれ、こうした代名詞の使用についての論議も高まっていくことだろう。
Wikipedia をみると、ze に特化した見出しはなかったが、"Gender-specific and gender-neutral third-person pronouns" という項目があった。これには提唱されているいろいろな代名詞の一覧表が載っていて、先の Wiktionary にもあった e, ey, sie, xe そして ze のほか、 hu, jee, ney, peh, per, thon, ve, zhe といった言葉があげられていた。ちょっとくらくらしてくる。
性別を問わない代名詞がどれかひとつに固まって実際に使われるようになり、さらにトランスジェンダー限定でもなくなる日が来るのだろうか。
そうなったら、男女の区別を常に明示するとは限らない言語である日本語を英語にする時にはありがたいかもしれない(もうひとつ和文英訳で頭が痛いのは、単数・複数の区別だろうか。逆に、兄弟・姉妹を区別しない日本語ができれば、英語を翻訳する時に便利だろうといつも思う)。
いずれにせよ、私が生きている間に顕著な変化が起きるのかどうか、楽しみにしつつ英語とつきあっていくことになりそうである。
なお、he or she や s/he といった言い方・表記ではなく、単数でも they で受ける傾向が広まってきたことは以前書いたことがある(→ 2015年の Word of the Year は単数の they)。
ついでに、生まれたての赤ん坊など人間に it を使うケースがあることについても取り上げたことがあるので、ご参考まで(→ "It's a boy!" ~ロイヤルベビーは男の子(人間に it を使う場合とは))。
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遊びや冗談ではないとしても、広く認知されたものではない”イロモノ”ということか、英語圏のオンライン辞書にも載っていなかったが、例外として Wiktionary に記述があった。
- Pronunciation /zi/
(neologism) they (singular). Gender-neutral third-person singular subject pronoun, coordinate with gendered pronouns he and she.
quotations
1996 But I do know what sex ze is. It used to influence me. But now I talk to hir like a normal person. I mean, without thinking about what ze is.(中略)
2011 Hir face was implacable, but ze dashed away in tears.
Synonyms
(singular) they
(neologism) e, ey, sie, xe
https://en.wiktionary.org/wiki/ze
由来は空欄となっていて、なぜ ze となるのかはわからない。実例に hir という単語が出てくるが、him/her, his/hers, himself/herself にあたるのが hir, hirs, hirself もしくは zir, zirs, zirself だそうだ。主格が ze なので後者の方が揃っている気がするが、固まっていないらしい。同類の代名詞として ey や sie などがあげられているが、まるで他のヨーロッパ言語のような言葉だ。
そして先日たまたまネットで見にしたのが、「オックスフォード大学の学生組合が ze の使用を呼びかけている」という記事だった。
これによって、前に見たことがある単語だと気がついて詳しく知ろうと検索したら、なんと「そんな呼びかけはしていない、と学生組合が否定した」という新たな記事が見つかった。そこで、ちょっとおもしろいニュースだと思った次第である。
意外な結末を報じる「ガーディアン」紙の記事から、ちょっと長いが引用しよう。
- Oxford University’s student union has said it had not told students to use gender pronouns such as “ze” instead of “he” or “she”, calling such a move “totally counterproductive”.
A number of reports at the weekend said the student union had issued a leaflet telling students to use gender neutral pronouns such as “ze” in order to stop transgender students being offended.
A denial published on the OUSU website said: “As far as we’re aware, the information which has been published is incorrect. We have not produced a leaflet implying that all students must use ‘ze’ pronouns to refer to others, or indeed to themselves.”
("Oxford student union denies telling students to use gender-neutral pronoun" The Guardian, Dec. 13, 2016)
最初に報じられた時は、「トランスジェンダー社会の反映」というトーンで取り上げられたり、一方で「どんな言葉を使うかを規定されるのはおかしい」という意見があったりと、イギリスではそれなりに耳目を集めたようだが、一転して、最近問題になっている「偽ニュース」の実例となってしまった感がある。
Oxford University Students' Union が出した否定声明も下記で読むことができるが、最初の報道は学生組合側に確認せずに行われたのだろうか、そうであればずいぶんといい加減な取材だなと不思議に思う。また”犯人”は誰で、どのような意図があったのだろうか。
"OUSU Statement: The Use Of Gender Neutral Pronouns"
今回の騒ぎはともかく、LGBTが社会に認知されていくにつれ、こうした代名詞の使用についての論議も高まっていくことだろう。
Wikipedia をみると、ze に特化した見出しはなかったが、"Gender-specific and gender-neutral third-person pronouns" という項目があった。これには提唱されているいろいろな代名詞の一覧表が載っていて、先の Wiktionary にもあった e, ey, sie, xe そして ze のほか、 hu, jee, ney, peh, per, thon, ve, zhe といった言葉があげられていた。ちょっとくらくらしてくる。
性別を問わない代名詞がどれかひとつに固まって実際に使われるようになり、さらにトランスジェンダー限定でもなくなる日が来るのだろうか。
そうなったら、男女の区別を常に明示するとは限らない言語である日本語を英語にする時にはありがたいかもしれない(もうひとつ和文英訳で頭が痛いのは、単数・複数の区別だろうか。逆に、兄弟・姉妹を区別しない日本語ができれば、英語を翻訳する時に便利だろうといつも思う)。
いずれにせよ、私が生きている間に顕著な変化が起きるのかどうか、楽しみにしつつ英語とつきあっていくことになりそうである。
なお、he or she や s/he といった言い方・表記ではなく、単数でも they で受ける傾向が広まってきたことは以前書いたことがある(→ 2015年の Word of the Year は単数の they)。
ついでに、生まれたての赤ん坊など人間に it を使うケースがあることについても取り上げたことがあるので、ご参考まで(→ "It's a boy!" ~ロイヤルベビーは男の子(人間に it を使う場合とは))。
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大変参考になりました!
by sachiko (2016-12-18 11:50)