「壁にとまったハエ」は適切な訳か? ~ fly on the wall #2 [翻訳・誤訳]
面白そうな本が次々に出版されているが、時間も金も限りがある私としては、各種の書評をウェブで見てあれこれ想像をめぐらせるのが精一杯だ。そんな調子である最新の書評を眺めていたら、「あれ?」と思ったことがあった。
対象となっていたのはトランプ政権の内幕を描いた「炎と怒り」で、私は未読だが、今年はじめ、出版直後の騒ぎにちなんで英語の表現を取り上げたことがある(→ tell-all, exposé 「すっぱ抜き」「暴露もの」 (トランプの暴露本が話題に))。
この本を作家の宮部みゆき氏が取り上げていたのだが、気になったのは次のくだりである(読みやすいように一部改行と空行を入れ、該当箇所を太字にした)。
- ある人物や組織がどれだけバカであるかを熱心に語る本は悲しい。それと、れっきとしたジャーナリストである著者が、「トランプのホワイトハウス」を取材する自身を「壁にとまったハエ」に喩(たと)えているのも悲しい。
トランプ一家の仕切る政権内があまりにも混乱しているので、誰に取材許可を取り、どこまで書いていいかを確認することができず、結果的に見聞きしたことを何でも書けて、だから本書には臨場感溢あふれる貴重な情報も盛り込まれているはずなのに、それはハエの呟(つぶや)きなのか―
(本よみうり堂 2018年04月09日)
この「(壁にとまった)ハエ」を読んですぐに想像したのが、やはり少し前に紹介した英語表現である(→ a fly on the wall 「誰にも気づかれずにこっそり見聞きしている」)。
帰宅途中にふとこの書評を思い出したので、洋書を扱っている書店に立ち寄ったら、原著が置いてあったので手に取った。
著者自身の言葉があるとすれば前書きか後書きだろう。前書きにあたる Author's Note のページを見たらすぐに見つかったので、コソコソとメモした(購入しなかったのがわれながらみみっちい)。
- In the beginning, I sought a level of formal access to this White House, something of a fly-on-the-wall status.
(Fire and Fury by Michael Wolf)
ここでは形容詞的に使っているが、やはりこの表現だった。ということで、翻訳書はこれを字面通りに訳したものといえそうだ(立ち寄った書店では翻訳書も見てこうなっていることを確かめた)。
「英語のイディオムを使う時、ネイティブスピーカーは個々の単語の元の意味を思い浮かべているわけではない」ということを、以前マーク・ピーターセン先生の著書で読んだ記憶がある。日本人が日本語の慣用句を使う時もそうだろうから、何となく納得がいく。
そうであれば、「こっそりと観察している人」を表す fly on the wall も、言ったり聞いたりした時にハエを連想するわけではないことになる。
例外的にハエの姿が脳裏に浮かぶ人もいるかもしれないが、いずれにせよ直訳ではイディオムの意味が伝わらないし、書評の内容に影響を与えたとすらいえるかもしれない。宮部みゆき氏が「ハエ」に対して抱くイメージを作者と作品に投影して読んだのは明らかだからだ。
プロの訳業を云々する資格は素人の私にはないが、ちょっと首を傾げてしまった「壁にとまったハエ」であった。
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対象となっていたのはトランプ政権の内幕を描いた「炎と怒り」で、私は未読だが、今年はじめ、出版直後の騒ぎにちなんで英語の表現を取り上げたことがある(→ tell-all, exposé 「すっぱ抜き」「暴露もの」 (トランプの暴露本が話題に))。
この本を作家の宮部みゆき氏が取り上げていたのだが、気になったのは次のくだりである(読みやすいように一部改行と空行を入れ、該当箇所を太字にした)。
- ある人物や組織がどれだけバカであるかを熱心に語る本は悲しい。それと、れっきとしたジャーナリストである著者が、「トランプのホワイトハウス」を取材する自身を「壁にとまったハエ」に喩(たと)えているのも悲しい。
トランプ一家の仕切る政権内があまりにも混乱しているので、誰に取材許可を取り、どこまで書いていいかを確認することができず、結果的に見聞きしたことを何でも書けて、だから本書には臨場感溢あふれる貴重な情報も盛り込まれているはずなのに、それはハエの呟(つぶや)きなのか―
(本よみうり堂 2018年04月09日)
この「(壁にとまった)ハエ」を読んですぐに想像したのが、やはり少し前に紹介した英語表現である(→ a fly on the wall 「誰にも気づかれずにこっそり見聞きしている」)。
帰宅途中にふとこの書評を思い出したので、洋書を扱っている書店に立ち寄ったら、原著が置いてあったので手に取った。
著者自身の言葉があるとすれば前書きか後書きだろう。前書きにあたる Author's Note のページを見たらすぐに見つかったので、コソコソとメモした(購入しなかったのがわれながらみみっちい)。
- In the beginning, I sought a level of formal access to this White House, something of a fly-on-the-wall status.
(Fire and Fury by Michael Wolf)
ここでは形容詞的に使っているが、やはりこの表現だった。ということで、翻訳書はこれを字面通りに訳したものといえそうだ(立ち寄った書店では翻訳書も見てこうなっていることを確かめた)。
「英語のイディオムを使う時、ネイティブスピーカーは個々の単語の元の意味を思い浮かべているわけではない」ということを、以前マーク・ピーターセン先生の著書で読んだ記憶がある。日本人が日本語の慣用句を使う時もそうだろうから、何となく納得がいく。
そうであれば、「こっそりと観察している人」を表す fly on the wall も、言ったり聞いたりした時にハエを連想するわけではないことになる。
例外的にハエの姿が脳裏に浮かぶ人もいるかもしれないが、いずれにせよ直訳ではイディオムの意味が伝わらないし、書評の内容に影響を与えたとすらいえるかもしれない。宮部みゆき氏が「ハエ」に対して抱くイメージを作者と作品に投影して読んだのは明らかだからだ。
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