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英訳「方丈記」~ゆく河の流れは絶えずして [日本の文化]

次期駐日大使のケネディ氏が「日本の格言」を引用したことを先日取り上げた。「方丈記」の冒頭から取ったとみられると伝えたマスコミもある。そこで、この有名な出だしがどう英訳されているか、ネットなどで調べてみた。


英語で味わう日本の文学

英語で味わう日本の文学

  • 作者: 坂井 孝彦
  • 出版社/メーカー: 東京堂出版
  • 発売日: 2010/09
  • メディア: 単行本


- ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。
世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。

古文が苦手だった私でも名文だと思う。

高校生の時、初めて通読した日本の古典が「方丈記」だった。火事や飢饉、地震などが具体的に描かれていて比較的わかりやすく、何より非常に短い作品なのがありがたかった。

それはともかく、先日引用した共同通信の英文記事は、書き出しの一行だけだが、

- The flow of the river is ceaseless and its water is never the same.
http://mainichi.jp/english/english/features/news/20130829p2g00m0fe080000c.html

としていた。素直でわかりやすい訳といえるだろう。

私が持っている、「英語で味わう日本の文学」(坂井孝彦)という本では、

- The flow of the river is incessant, and yet its water is never the same, while along the still pools foam floats, now vanishing, now forming, never staying long: So it is with men and women and all their dwelling places here on earth.

incessant は「絶え間のない、ひっきりなしの」。ラテン語に由来し、語中の cess は cease という意味だそうで、これが in- で否定されているから ceaseless とか continual ということになる。

Robert N. Lawson という文学の先生のサイトに掲載されている次の英訳は、現代語訳を元にしたものだという。やや説明的に感じるのはそのためか。

- Though the river's current never fails, the water passing, moment by moment, is never the same. Where the current pools, bubbles form on the surface, bursting and disappearing as others rise to replace them, none lasting long. In this world, people and their dwelling places are like that, always changing.
http://www.washburn.edu/reference/bridge24/

fail は「失敗する」のほか、「弱まる、衰える、動かなくなる」という意味もあるが、こんな風に川の流れについても使えるようだ。

Hojoki: Visions of a Torn World という英訳本では、

- The flowing river never stops and yet the water never stays the same.
Foam floats upon the pools, scattering, re-forming, never lingering long.
So it is with man and all his dwelling places here on earth.
(Yasuhiko Moriguchi, David Jenkins)
http://www.artbooks-shikosha.com/shop/1125/9781880656228.html

冒頭の文が river - never - stops, water - never - stays となっているのは意図したものだろう。わかりやすい表現と調子のよさが両立していて、うまいと思う。原文は簡潔さとリズムのよさが特徴だと思うので、やはり英語でもそうした雰囲気を伝えてほしい。

古くは、南方熊楠や夏目漱石も「方丈記」の英訳を手がけていた。南方熊楠はフレデリック・ディキンズというイギリス人との共訳とのことだが、古い響きのある英語を使っている。

- Of the flowing river the flood ever changeth, on the still pool the foam gathering, vanishing, stayeth not. Such too is the lot of men and of the dwellings of men in this world of ours.
(南方熊楠)

夏目漱石がアウトプットの面でも高度な英語力を持っていたことは以前取り上げたことがある。といってもこれは漱石(というより夏目金之助)が学生の時に訳したものだそうだ。それでもさすが将来の「文豪」というべきか、英訳でもちょっとむずかしい言い方をしている。

- Incessant is the change of water where the stream glides on calmly: the spray appears over a cataract, yet vanishes without a moment's delay. Such is the fate of men in the world and of the houses in which they live.
(夏目漱石)

・・・と感心していたが、昔読んだものの内容はあらかた忘れてしまった堀田善衞の「方丈記私記」が本棚にあったので、取り出してぱらぱらめくっていたら、次のようなくだりが目にとまった。

- この漱石英訳方丈記は、ちょっと異様な抄訳であって、福原遷都、戦乱、飢餓、群盗の難、地震、洪水などの肝心の具体的問題のところはほとんど省略していて、方丈にこもってしまってからの、長明がこねた理屈や愚痴のことが主になっている。どういうつもりであったのであろうか。

堀田善衞は漱石の英訳をしっかりと読んでいたのだ。「文豪」だからと畏まらず、厳しい指摘をしている。

さて、以下は余談である。以前、「奥の細道」の冒頭部分の英訳を比べたことがあったが、その際、日本語の現代語訳には説明的な言葉を補いすぎだと思うものがあり、「余計なお節介ではないかと感じている」と書いた。

今回の「方丈記」でも、やはりそんな現代語訳があるのを、帰宅途中に立ち寄った書店で見つけた。以下のようなものだが、原文の数倍もの長さになっている。

- 河の流れは一瞬も休まない。それどころか、河の水は後ろの水に押されて、常に前に進み、元の位置に留まることはない。休むことなく位置を変えている。
流れているようにみえる淀みもそうだ。無数の水の泡が、とどまることなく浮かんでは消えて、元の形を保つという話はいまだ聞かない。やはり、休むことなく形を変えている。
このような変化の継続する中に「無常」という真理が宿っている。この真理は、そのまま人間の世界にもあてはめることができる。人と住まいもまた、ちょうど河の水や水の泡と同じなのだ。
(「ビギナーズ・クラシックス 方丈記」 角川文庫)

こうした過剰な現代語訳は、一見親切なようだが、これでは原文の魅力が台なしである。ここまで細かく書かなければ読者は理解できないと考えているのだろうか。注釈的な部分はまさに注釈や解説の形で織り込めばいいはずだ。

書店ではまた、方丈記の「個人訳」がいくつか出版されているのを知った。冒頭部分だけだが、それぞれ目を通したら、やはり私としては過剰と思える表現が施されていた。

こうした個人訳は、注釈書の現代語訳ではないから、原文を忠実になぞるつもりは最初からないのだろうが、それにしては、著者の思い入れの方が前面に出てしまって、かえって原文の魅力を損なっているのではないかと感じてしまった。

参考記事:
・ケネディ新駐日大使が引用した「日本の格言」?
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2013-08-31
・「英語教師 夏目漱石」
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2006-12-09
・英訳「奥の細道」を読む~月日は百代の過客
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2008-07-31
・「ハムレット」の名セリフの訳
http://eigo-kobako.blog.so-net.ne.jp/2007-06-23


Hojoki: Visions of a Torn World (Rock Spring Collection of Japanese Literature)

Hojoki: Visions of a Torn World (Rock Spring Collection of Japanese Literature)

  • 作者: Kamo No Chomei
  • 出版社/メーカー: Stone Bridge Pr
  • 発売日: 1996/06/01
  • メディア: ペーパーバック


方丈記私記 (ちくま文庫)

方丈記私記 (ちくま文庫)

  • 作者: 堀田 善衛
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1988/09
  • メディア: 文庫


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