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落語調で訳した「クリスマス・キャロル」 (dead as a doornail) [読書と英語]

先日古本屋に寄った際、時節柄たまたまディケンズの名作「クリスマス・キャロル」があるのに目が留まり、何の気なしに手に取って驚いた。何と全文を落語調で訳してある。怪しげな「超訳」本ではなく、私も名前を知っている英文学者による、大手出版社の文庫本である。

おもしろそうだったので購入し、そのまま読んでしまった。残念ながら現在は絶版のようだ。

a christmas carol.jpg

クリスマス・ブックス (ちくま文庫)

  • 作者: チャールズ ディケンズ
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1991/12
  • メディア: 文庫

有名な冒頭部分がどうなっているか、書き写してみよう。

- エー、あい変わらずバカバカしいお噂で。
 イの一番に申し上げておきますが、マーレーは死んでます。こりゃまったく間違いのないことでして。埋葬証明書には牧師さん、書記、葬儀屋、喪主のサインがちゃんとありました。スクルージのサインもあります。何にせよ、この男がサインをしようと考えたことなら、取引所で信用されること疑いなしです。だから、マーレー爺さんは間違いなく死んでます。「ドア釘みたいにおっちんでる」って、よく言いますな。
(「クリスマス・キャロル」小池滋訳 「クリスマス・ブックス」筑摩書房より)

うまいものである。翻訳した小池滋氏(私が愛読している「詳註版シャーロック・ホームズ全集」の監訳者)はディケンズが専門で、「はしがき」で次のように書いている。

- だいたいディケンズの作品の語り口は落語のそれに近いもので、作者自身が何度も噺家よろしく自作の朗読をやって大当たりをとりました。

原文の最初の文は以前紹介したことがあるが、これを含む上記の部分はネットで調べると次のようになっている。

- Marley was dead: to begin with. There is no doubt whatever about that. The register of his burial was signed by the clergyman, the clerk, the undertaker, and the chief mourner. Scrooge signed it: and Scrooge’s name was good upon ’Change, for anything he chose to put his hand to. Old Marley was as dead as a door-nail.
(Charles Dickens: A Christmas Carol )

私の英語力と言語センスでは、「落語のそれに近い語り口」を感じ取ることはとても無理だ。

この作品は中学生の時に一回読んだことがあるきりで、何十年かぶりになる。昔はタイトルを「クリスマス・カロル」としている翻訳が多く、私が読んだのもそうだったが、硬い訳文の中にも、そこはかとないユーモアを感じたことは覚えている。それがその翻訳の狙いだったのか、それとももともと内容(原文)がそうだからなのか、もちろん思いめぐらすこともできなかった。

その後、高校生の時だったか、英語の教材として原文の一部を読まされた記憶があるが、特に印象に残っていない。これまで何度か書いているが、いくら名作と言われていようが、自発的に読む気になったのではない英文を目で追うのはつまらないものだ。

このあとはずっと年月を経て、何年か前にドラマ版をDVDで見た。それ以来の「クリスマス・キャロル」が今回の「落語版」である。私は落語には不案内なのでその点から見た訳文の云々はできない。落語調というより、「ですます体」の普通のていねいな文章という印象が続く部分もあるが、わかりやすく読みやすいことは確かだ。

先にあげた冒頭の部分にある「ドアの釘のように死んでいる」は、初めて読んだ時におもしろい(あるいは、不思議な)言い方だな、と思ったが、後に英語で dead as a doornail 「完全に死んで」「すっかり廃れて」というイディオムを知った時、すぐに「クリスマス・キャロル」を思い出したのはもちろんである。

オンライン辞書を見ると、この表現は14世紀にまでさかのぼることができるそうだが、なぜ doornail なのかという由来については決定的な説がないのだという。興味のある方は、例えば下記のようなサイトをご覧いただければ幸いである。
http://phrases.org.uk/meanings/as-dead-as-a-doornail.html
http://www.word-detective.com/012000.html#doornail
http://www.worldwidewords.org/qa/qa-dea1.htm

なお同じような意味を持つ表現に、以前取り上げた dead as a dodo がある。

最後に、冒頭の続きの部分について、「落語調翻訳」と原文をそれぞれ引用して終わりにしたい。訳しているのが英文学と翻訳のプロで、読む方もそれを納得しているからこそ許される遊びだといえるのではないだろうか。

- おっと待った! ドア釘のどこが死んでるんだ、っておっしゃるんですか。あたしだってこの目で見て知ってるわけじゃござんせん。棺桶の釘なら、金物屋の品物ん中でいちばんおっちんでる親方だ、と言ってもようがしょうがねえ。でもまあ、昔の人はいいことを言ったもんで、もののたとえが上手なもんですからね、あたしみたいな学のない者がとやかく言うこたぁありませんや。そんなことしたら、お国の一大事ですから。
 というわけで、もう一度ダメ押しに大声で言わせて頂きやしょう。マーレーはドア釘みたいにおっちんでるんです。

- Mind! I don’t mean to say that I know, of my own knowledge, what there is particularly dead about a door-nail. I might have been inclined, myself, to regard a coffin-nail as the deadest piece of ironmongery in the trade. But the wisdom of our ancestors is in the simile; and my unhallowed hands shall not disturb it, or the Country’s done for. You will therefore permit me to repeat, emphatically, that Marley was as dead as a door-nail.

(ディケンズ関連など過去の参考記事)
「印象的な書き出し」紹介サイトで英語を学ぶ (famous opening lines)
Artful Dodger と Slick Willie
辞書に載っていない Barkis is willing.
Call me Ishmael. 「まかりいでたのはイシュメールと申す風来坊だ」(メルヴィル「白鯨」)
annotated 「注釈をつけた」(「詳註版・不思議の国のアリス」)
marginal note 「欄外の注」 (「詳註版シャーロック・ホームズ全集」

(クリスマス関連の過去の記事)
「サンタは今どこにいる?」 (Track Santa)
"The Night Before Christmas" (「クリスマスのまえのばん」)
crooner と「ホワイト・クリスマス」
giddyup (続・ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」)
クリスマスの名文 Yes, Virginia, there is a Santa Claus. 

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