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sincere は「誠実」ではないこともある [注意したい単語・意外な意味]

先日読んだ英誌「エコノミスト」に、次のアメリカ大統領選挙で共和党の有力候補になるとの見方が出ているデサンティス・フロリダ州知事についての記事があり、そこに出てきた sincere の使われ方が目にとまった。

ロシアのウクライナ侵攻についてデサンティス氏は、「領土紛争」であり「アメリカにとって重要な国益ではない」と先日発言した。しかしロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合した2014年には、ウクライナの軍事増強を支持する発言をしていたという。

少し長くなるが引用しよう。

- This week, however, Ron DeSantis, the governor of Florida and the most plausible challenger to Donald Trump for the Republican presidential nomination, declared that Ukraine is not one of America’s “vital national interests”. He was not only wrong, but his words have done lasting damage to Ukraine, America’s allies and America itself.(中略)Describing the war as a “territorial dispute”, he argued that America should not become further entangled in Ukraine when it faces so many other tasks, including countering China and securing its own borders.

Back in 2014 Mr DeSantis favoured arming Ukraine. If his flip-flop is sincere, it is mistaken. The war is not, as he suggested, a local squabble. Mr Putin has made clear that he believes he is fighting NATO over whether Ukraine has the right to determine its own future as a sovereign nation.
("Ron DeSantis emboldens Vladimir Putin" The Economist, March 16, 2023)

この "If his flip-flop is sincere, it is mistaken." 「今回見せた180度の態度転換が sincere なものならば、デサンティス氏は間違っている」についてだが、こうした”変節”をした場合、それを日本語で「誠実」と形容するものだろうか。

英単語を1対1対応の訳語で覚えると、思わぬ落とし穴にはまるおそれがあることは、このブログでも何度か取り上げたことがあるが、若い時の私にそのことを直接の形で教えてくれたのが、”同時通訳の神様”と呼ばれた國弘正雄先生(→こちら)の著書で、そこに出てきたのがこの sincere だった。

その「現代アメリカ英語」は絶版になっているのが何とも惜しい名著で、自宅あるいは実家のどこかにあるはずだが見つからない。しかしこの本の最初のページで取り上げられていて、今でも印象的に覚えているのが、”sincere や sincerity は「誠実」とは限らない”という記述だった。

それを裏書きする実際の英文があげられていて、その実例や具体的な説明は本が手元にないのでわからないが、國弘氏の「sincere とは、自分が思った通りを素直にそのまま表すことを意味し、場合によっては日本人の感覚では”不誠実”であることすらありうる」という記述の趣旨は印象深く、今でも記憶に残っている。

そして今回出会った英文の sincere も、この形で考えればいいのではないか。デサンティス氏の”転向”が本心からのもので、自分に正直に、ありのままに表した考えだとすれば、それは英語では sincere なものと形容できるのだろう。

一方、態度を豹変して以前とは真逆のことを言い出すのは、日本的な感覚では「不誠実」と映るかもしれない。「誠実な」「真心をこめた」として sincere を覚えていると、 ここでこの単語が使われているのがしっくりしないと感じることになりそうだ。こうした訳語から sincere が持つ上記のニュアンスを汲み取るのは難しいだろう。

辞書にはこのほか、「裏表のない」「偽りのない」といった訳語もあり、こちらだと内容に沿って考えれば妥当な解釈にたどりつけるかもしれない。

さらに詳しい注釈をつけていたのは、私が愛用している「スーパー・アンカー」および「アンカーコズミカ」の両英和辞典だった。

- 日本語の「誠実」「誠意」には、相手の感情を損ねまいとする配慮からいいところを見せようとするというニュアンスがあるが、英語の sincerity は「(言動に)ごまかしがないこと、裏表がないこと、正直であること」の意味であって、日英語間にニュアンスの差がある。
したがって、日本人の「誠実」が英米人には不誠実・偽善などと思われることがあるし、逆に英米人の sincerity が日本人にはごう慢・あからさま・無愛想などと思われることがある。
(スーパー・アンカー英和辞典第5版)

学習者がある程度のレベルに達したら、英英辞典も使うなどして英語を英語のまま理解するよう努力していくべきだと思うが、その一方で、日本人として英語とつきあう以上、2つの言語の相違点に注意を払うことも大切だろう。その点では英英辞典はかえって役に立たず、的確な説明のある英和辞典などが存在意義を発揮する。

今回の The Economist で目にとまった sincere についての私の見方が妥当なものと言えるか自信はないが、少なくとも、この単語の持つニュアンスに触れておくのに意味はあるかと思い、取り上げた次第である。

過去の参考記事:
・同時通訳の草分け 國弘正雄先生逝く
https://eigo-kobako.blog.ss-blog.jp/2014-11-27

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松本登世志

たまに拝見しています。今回も面白いポイントを取り上げていただき大変ためになります。sincere/sincerityについては、国弘さんもそうですが、古くはR. Benedictの菊と刀 (The Chrysanthemum and the Sword)にも言及があったはずです。その昔大学の講読のクラスで読んだ記憶があります。古い話で恐縮です。
by 松本登世志 (2023-04-07 16:50) 

tempus_fugit

かの「菊と刀」で取り上げられていたのですね。情報ありがとうございました。
もしかしたら國弘先生の著書でもそれに触れていたかもしれません。どこかにあるはずなので、ぜひ探し出してみたいと思います。
by tempus_fugit (2023-04-19 22:57) 

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