out-Herod Herod 「本家も顔負けのものすごさ」 [英語文化のトリビア]
英語とのつきあいも長くなると、聖書に由来する言葉が何と多いかと思うことが多々ある。先日読んだ記事の一節に、そんな例のひとつ out-Herod Herod をもじったといえそうな表現があり、あらためてその感を強くした。
アメリカ大統領選挙について書いた「ニューヨーク・タイムズ」紙の記事にあったもので、民主党の候補となることが確実な (presumptive) バイデン氏に対して、トランプ陣営が仕掛けた「ワナ」について触れた内容だ。
トランプ氏が「新型コロナウイルスの元凶だ」と中国への対決姿勢を強める中、その支持団体は「バイデン氏は中国に甘い」と攻撃するキャンペーンを繰り広げている。
選挙戦で、バイデン氏が外交戦略でトランプ氏との違いを出そうと協調路線を取れば、「やっぱりバイデンは親中国だ」と主張できる。逆にバイデン氏がこうした攻撃を否定しようと中国に厳しい態度を取れば、結果的にトランプの中国敵対路線に手を貸すことになる。どっちに転んでもトランプ大統領に得になる、という「ワナ」である。
そうした記事の中で、次のような一節があった。
- Democrats, and Republicans who truly put American security first, face a choice. Joe Biden in particular will decide whether to lead his party into Mr. Trump’s trap or play a different game. Attempting to out-hawk far-right hawks failed Democrats in the war on terrorism, leaving Mr. Biden with the stain of having supported the Iraq war.
("Can the Democrats Avoid Trump’s China Trap?"
New York Times May 10, 2020)
この out-hawk far-right hawk は「極右のタカ派を上回るほどのタカ派ぶり」というような意味になるだろうが、out-Herod Herod という表現の親戚といって差し支えないだろう、と考えた。
動詞に out- をつけた形は、(元の動詞に)勝る、しのぐ、優れる、という意味になる。たとえば outrun は「(他の人より)速く走る、遠くまでに走る」「上回る」、outclass なら「(品質などで他に)勝る、抜きん出る」である。
そして、out- のあとにAという人の名前をつけ、さらにAを続けると、「Aが持つ特質の面で、A本人をしのぐ」「A以上にAらしい」という意味になる。その定型表現として辞書に載っているのが聖書の故事にちなむ out-Herod Herod だ。
Herod はユダヤの王ヘロデのことで、残虐さの代名詞になっている。「ユダヤ人の王となる人物が生まれた」という話を聞いて、ベツレヘム地方の2歳以下の子供を皆殺しにしたという(幼いイエスは親に連れられてその地を離れていて難を逃れた)。
そこで、そのヘロデも腰を抜かすほどの残忍さ、残虐さにかけては元祖ヘロデ王もびっくり、という意味になる。
とは書いたものの、私自身はまだオリジナルの out-Herod Herod そのものに出会ったことがない。この表現を知ったのがいつだったか覚えていないが、Herod の代わりに別の人名が入った実例を何度か目にして、これは何かの決まった表現パターンに違いあるまい、と気づいて調べ、たどりついたのだった。
「本家顔負け」なら大変、と思わせる現代の人物といえば、やっぱりトランプ大統領だろう。ということで out-Trump Trump でネット検索をすると、たとえばコロナウイルス禍の中で経済活動を再開させたアメリカの州知事たちについて、
- But for states lifting lockdowns and reopening early — against the advice of medical professionals — Brown has only condemnation.
“When I look at some of these southern states, three in particular where they have mini Trumps as Governors, you have Texas, Georgia, and Florida .... — they're trying to out-Trump Trump on all this stuff, and I'm concerned,” said Brown, musing about the risks.
("Senator Sherrod Brown calls Trump's coronavirus response 'incompetent' and 'immoral'"
Yahoo Finance April 29, 2020)
というような、「トランプらしさではトランプ以上」の実例がいくつも出てくる。なお、trump という言葉自体が、「打ち負かす」という動詞であることにも留意すべきだろう(→こちら)
次は自分の英語メモに書き抜いていたもので、そのトランプ大統領が北朝鮮のキム・ジョンウン委員長との交渉で相手を出し抜いた(とトランプの信奉者が信じている)、ということを書いている。意味が違うが、「毒をもって毒を制す」という言葉も連想した
- To unabashed admirers, the shrewd president has “out-Kimmed Kim,” proven he is tough enough to follow his own advice on knowing when to walk away as a negotiating strategy and refused to fall into the trap of appeasement.
("Did John Bolton try to sink the Trump-Kim summit?"
Japan Times May 31, 2018)
そして改めて辞書を見て気づいたのだが、人物は聖書に登場するものの、表現自体はシェイクスピアの「ハムレット」によるものだそうである。
聖書(キリスト教)とシェイクスピアという、英語を深く学ぶ上で欠かせないといわれる二大巨頭がこの表現に関わっているわけだ。第三幕第二場に出てくる。
- I would have such a fellow whipped for o'erdoing Termagant. It out-Herods Herod. Pray you, avoid it.
(Shakespeare: Hamlet Act 3 Scene 2)
- 回教徒の荒神様ターマガントや暴君ヘロデもかくやとばかりの荒事ぶりだ。どうか、それだけは避けてくれ。(河合祥一郎訳)
- 乱暴な回教の神ターマガントも顔負け、ユダヤの暴君ヘロデもかた無しのものすごさ。あれだけはやめてほしい。(松岡和子訳)
余談だが、異教徒である私がキリスト教にそれなりの関心を持つようになったのは、英語がきっかけではない(ある程度の関心があったから英語学習にも役立った、という順番である)。それは、十代の時に触れたロック・オペラ(ミュージカル)の大傑作「ジーザス・クライスト・スーパースター」 Jesus Christ Superstar のおかげだった。
最初に「原作」である音だけのレコードに、後にそれを視覚化したミュージカル映画に接し、どちらにも大げさにいえば度肝を抜かれた。それを受けてストーリー(つまり聖書の記述)に入っていった、という形だった。
ヘロデといえば、この作品の中に King Herod's Song という傑作ナンバーがある。この人物は先に書いた暴君ヘロデの息子で、聖書では洗礼者ヨハネ殺害と妖女サロメの挿話、そしてイエス・キリストの裁判に出てくるが、後者の一場面を取り上げたのが「ヘロデ王の歌」だ。
映画や舞台では、軽いタッチの音楽にイエスの裁判という不条理を込めようとしてか、どれも演出に工夫を凝らしているが、次は原作が作られた1970年頃の時代の空気を感じさせる、想い出深い映画版のサイケな映像である。英語もわかりやすい。
過去の参考記事:
・「ハムレット」の名セリフの訳
・"Love Trumps Hate" ~トランプ氏と動詞の trump
・勝負はこれからだ (The opera isn't over until the fat lady sings.)
・「サロメ」の昭和初期の翻訳
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アメリカ大統領選挙について書いた「ニューヨーク・タイムズ」紙の記事にあったもので、民主党の候補となることが確実な (presumptive) バイデン氏に対して、トランプ陣営が仕掛けた「ワナ」について触れた内容だ。
トランプ氏が「新型コロナウイルスの元凶だ」と中国への対決姿勢を強める中、その支持団体は「バイデン氏は中国に甘い」と攻撃するキャンペーンを繰り広げている。
選挙戦で、バイデン氏が外交戦略でトランプ氏との違いを出そうと協調路線を取れば、「やっぱりバイデンは親中国だ」と主張できる。逆にバイデン氏がこうした攻撃を否定しようと中国に厳しい態度を取れば、結果的にトランプの中国敵対路線に手を貸すことになる。どっちに転んでもトランプ大統領に得になる、という「ワナ」である。
そうした記事の中で、次のような一節があった。
- Democrats, and Republicans who truly put American security first, face a choice. Joe Biden in particular will decide whether to lead his party into Mr. Trump’s trap or play a different game. Attempting to out-hawk far-right hawks failed Democrats in the war on terrorism, leaving Mr. Biden with the stain of having supported the Iraq war.
("Can the Democrats Avoid Trump’s China Trap?"
New York Times May 10, 2020)
この out-hawk far-right hawk は「極右のタカ派を上回るほどのタカ派ぶり」というような意味になるだろうが、out-Herod Herod という表現の親戚といって差し支えないだろう、と考えた。
動詞に out- をつけた形は、(元の動詞に)勝る、しのぐ、優れる、という意味になる。たとえば outrun は「(他の人より)速く走る、遠くまでに走る」「上回る」、outclass なら「(品質などで他に)勝る、抜きん出る」である。
そして、out- のあとにAという人の名前をつけ、さらにAを続けると、「Aが持つ特質の面で、A本人をしのぐ」「A以上にAらしい」という意味になる。その定型表現として辞書に載っているのが聖書の故事にちなむ out-Herod Herod だ。
Herod はユダヤの王ヘロデのことで、残虐さの代名詞になっている。「ユダヤ人の王となる人物が生まれた」という話を聞いて、ベツレヘム地方の2歳以下の子供を皆殺しにしたという(幼いイエスは親に連れられてその地を離れていて難を逃れた)。
そこで、そのヘロデも腰を抜かすほどの残忍さ、残虐さにかけては元祖ヘロデ王もびっくり、という意味になる。
とは書いたものの、私自身はまだオリジナルの out-Herod Herod そのものに出会ったことがない。この表現を知ったのがいつだったか覚えていないが、Herod の代わりに別の人名が入った実例を何度か目にして、これは何かの決まった表現パターンに違いあるまい、と気づいて調べ、たどりついたのだった。
「本家顔負け」なら大変、と思わせる現代の人物といえば、やっぱりトランプ大統領だろう。ということで out-Trump Trump でネット検索をすると、たとえばコロナウイルス禍の中で経済活動を再開させたアメリカの州知事たちについて、
- But for states lifting lockdowns and reopening early — against the advice of medical professionals — Brown has only condemnation.
“When I look at some of these southern states, three in particular where they have mini Trumps as Governors, you have Texas, Georgia, and Florida .... — they're trying to out-Trump Trump on all this stuff, and I'm concerned,” said Brown, musing about the risks.
("Senator Sherrod Brown calls Trump's coronavirus response 'incompetent' and 'immoral'"
Yahoo Finance April 29, 2020)
というような、「トランプらしさではトランプ以上」の実例がいくつも出てくる。なお、trump という言葉自体が、「打ち負かす」という動詞であることにも留意すべきだろう(→こちら)
次は自分の英語メモに書き抜いていたもので、そのトランプ大統領が北朝鮮のキム・ジョンウン委員長との交渉で相手を出し抜いた(とトランプの信奉者が信じている)、ということを書いている。意味が違うが、「毒をもって毒を制す」という言葉も連想した
- To unabashed admirers, the shrewd president has “out-Kimmed Kim,” proven he is tough enough to follow his own advice on knowing when to walk away as a negotiating strategy and refused to fall into the trap of appeasement.
("Did John Bolton try to sink the Trump-Kim summit?"
Japan Times May 31, 2018)
そして改めて辞書を見て気づいたのだが、人物は聖書に登場するものの、表現自体はシェイクスピアの「ハムレット」によるものだそうである。
聖書(キリスト教)とシェイクスピアという、英語を深く学ぶ上で欠かせないといわれる二大巨頭がこの表現に関わっているわけだ。第三幕第二場に出てくる。
- I would have such a fellow whipped for o'erdoing Termagant. It out-Herods Herod. Pray you, avoid it.
(Shakespeare: Hamlet Act 3 Scene 2)
- 回教徒の荒神様ターマガントや暴君ヘロデもかくやとばかりの荒事ぶりだ。どうか、それだけは避けてくれ。(河合祥一郎訳)
- 乱暴な回教の神ターマガントも顔負け、ユダヤの暴君ヘロデもかた無しのものすごさ。あれだけはやめてほしい。(松岡和子訳)
余談だが、異教徒である私がキリスト教にそれなりの関心を持つようになったのは、英語がきっかけではない(ある程度の関心があったから英語学習にも役立った、という順番である)。それは、十代の時に触れたロック・オペラ(ミュージカル)の大傑作「ジーザス・クライスト・スーパースター」 Jesus Christ Superstar のおかげだった。
最初に「原作」である音だけのレコードに、後にそれを視覚化したミュージカル映画に接し、どちらにも大げさにいえば度肝を抜かれた。それを受けてストーリー(つまり聖書の記述)に入っていった、という形だった。
ヘロデといえば、この作品の中に King Herod's Song という傑作ナンバーがある。この人物は先に書いた暴君ヘロデの息子で、聖書では洗礼者ヨハネ殺害と妖女サロメの挿話、そしてイエス・キリストの裁判に出てくるが、後者の一場面を取り上げたのが「ヘロデ王の歌」だ。
映画や舞台では、軽いタッチの音楽にイエスの裁判という不条理を込めようとしてか、どれも演出に工夫を凝らしているが、次は原作が作られた1970年頃の時代の空気を感じさせる、想い出深い映画版のサイケな映像である。英語もわかりやすい。
過去の参考記事:
・「ハムレット」の名セリフの訳
・"Love Trumps Hate" ~トランプ氏と動詞の trump
・勝負はこれからだ (The opera isn't over until the fat lady sings.)
・「サロメ」の昭和初期の翻訳
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